担当が出版社を作ってしまうほど!? 新人BL作家・阿賀直己とは?

BL

公開日:2013/10/12

 「阿賀先生の作品に出会い、出版社をつくろうと決意しました」。担当編集にそんなことを言われたら、作家冥利に尽きるというもの。そして、なんとその言葉だけでなく、実際に出版社を作り、9月25日に発売されてしまったのが『神さまはこの恋をわらう』(ルナマリア)だ。この作品は、もともとWEBで公開されていたものだが、そこでは30万アクセスを記録。読者からは絶賛する声が数多く上がり、発売からわずか数日でネットの在庫も品切れ状態に。これほどまでに読者を魅了し、担当に出版社まで作らせてしまうほどの新人・阿賀直己の作品とは、いったいどんなものなのだろう?

 『神さまはこの恋をわらう』の主人公は、駅前のコーヒーショップでバイトしながら美大に通う拓海。そして、そんな拓海がまるで軍神マルスのようだと毎日見とれていた相手が洸介だ。さらに、この作品には拓海や洸介といったお互いのことが好きな男同士だけでなく、洸介の彼女で、拓海が白雪姫と名付けた女の子やその親友で拓海に惚れているアフロディーテのような女の子も登場する。そこでそれぞれの思いが複雑に絡み合っていくのだが、彼らがただ相手を好きな一心で起こした行動や決断に読者も共感できるからこそ、物語の切なさが増す。

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 たとえば、拓海は洸介とメールするだけで人から「“相好を崩す”って、今の拓海みたいな感じなんだろうねえ」と言われるほど浮かれてしまう。遅れてきた初恋で、今までわからなかった女の子の気持ちが理解できたり、話すのが苦手で言葉にできない思いを絵に込めたりもした。ときには、大学の構内で立ち止まってしゃがみこみ「会いたいよう」と堪えきれずに泣いたり、人前でなりふり構わず洸介に抱き付いたりすることもあった。洸介に彼女がいることを知っているから、普段はものわかりのいい人を装っていたけど、告白するときには自分から会いに行って思いを伝える。

 また、洸介はアフロディーテとデートに行くという拓海の手を物凄い強さで握り「行くなよ」「行ったら、許さない」とか、「付き合うなよ。俺が、そう決めた」と独占欲を見せる。そして、アフロディーテにも「あいつが誰を好きかは、あなただって見てればわかるでしょ」と言い放つくせに、わがままで勝手な自分に腹を立てて距離を置こうとしたりするのだ。それでもやっぱり離れられなくて「ちゃんと、色んなことにケリつけてから、やらしーこといっぱいしようと思ってさ」と自分の決意をあらわにし、実際に行動に移していく。だけど、白雪姫やその母親といった家族のような存在を捨てることができなくて、悩み、もがき、苦しんでいくのだ。

 合コンで拓海に一目ぼれしたアフロディーテは、自らデートに誘ったり、後ろから抱きついてみたりとかなり積極的にアプローチしてくる。だけど、洸介と白雪姫が楽しそうに話している場所でなんでもない風を装う拓海に怒ったり、洸介を好きな拓海を「なんか、拓海苦しそうだよ。やめたほうが、いいよ。やめてよ」と心配してくれる。その一方で、洸介には「ご存知だと思いますけど、あたし拓海が好きなんです。あなたは彼の友達で、あたしの友達の恋人ですよね?」と釘を刺したりもする。好きな人に振り向いてもらうために努力するのもわかるし、好きな人も大切な親友も傷つけたり、悲しませたりしたくなくて怒ったり悩んだりするのも当たり前のこと。

 そして、洸介に別れ話を切り出され、彼の心が揺れないとわかると拓海の心を不安で揺らそうとした白雪姫。拓海に「もう会うのはやめてください」「気持ち悪いし、恥ずかしくないんですか?」「わたし、卒業したら彼と結婚しようと思って」と宣言する。「あなたがね、コウのことを好きなだけなら、べつにいい」「でも、今回はだめ。コウがあなたを好きだから、だめ」と言う彼女の言い分は、子どもっぽいわがままに聞こえるかもしれない。だけど、ずっと相手にされなくても諦めず、やっと洸介と付き合えることになったときは涙をぽろぽろこぼして喜んだのだ。そんな彼女が、もう一度洸介に振り向いてほしくて自分を傷つけたり、拓海を引き離そうとするのは、そんなに悪いことなのか? 本当に好きだったら、ダメだとわかっていても止められないことだってあるだろう。

 誰も悪くない。それぞれが、ただ誰かを好きになって大切な人を傷つけたくないと思うだけなのに、うまくいかない。だけど、そのまっすぐな“好き”の気持ち。みんな優しくて、完璧じゃないからこそ、切なくて苦しいだけでなく、読後に温かなものも残してくれる。デビュー作から、何度も心の中で思い返したくなるほど読者の心を強く惹きつけた阿賀直己。今後の活躍からも目が離せない。

文=小里樹
(ダ・ヴィンチ電子ナビより)