芸術の秋! あの「洛中洛外図屏風」がヘンなワケ

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/23

 10月8日から東京国立博物館で始まった「特別展 京都―洛中洛外図と障壁画の美」。この展覧会の何が凄いかというと、狩野永徳による国宝「洛中洛外図屏風 上杉本」や、岩佐又兵衛の筆といわれる重要文化財「洛中洛外図屏風 舟木本」など国宝・重要文化財に指定されている「洛中洛外図屏風」がすべて揃っていることだ。洛中洛外図というのは、京都の市中(洛中)と郊外(洛外)の景観を高い視点から見下ろして描いたもので、京都に住む人たちの風俗などが描き込まれている。洛中洛外図のほとんどは屏風に描かれており(右と左、二隻で一双が普通)、権力者などのために室町時代から作られていたそうだ。また洛中洛外図は美術的な観点からだけではなく、建物や人々の生活まで見えるため、建築史を始め様々な方面から研究されているという。

 そんな洛中洛外図のようなテイストでビルのある絵を描くなど、過去~現代~未来が混ざり合う独特の画風で知られる絵師の山口晃氏が、自らの絵のルーツを探ったのが『ヘンな日本美術史』(山口晃/祥伝社)だ。なんとこの本が「第12回 小林秀雄賞」を受賞したのだ。小林秀雄賞は「自由な精神と柔軟な知性に基づいて新しい世界像を呈示した作品一篇に贈呈されます」という言葉通り、これまで橋本治氏『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』、吉本隆明氏『夏目漱石を読む』、茂木健一郎氏『脳と仮想』、内田樹氏『私家版・ユダヤ文化論』、村上春樹氏、小澤征爾氏との共著『小澤征爾さんと、音楽について話をする』など錚々たる顔ぶれが受賞してきた賞だ。

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 そんな真面目な作品の中で、タイトルに「ヘンな」とは少々浮いた感じもするが、山口氏によると「ヘンな」と名付けたのは編集者なのだそうだ。しかし一般的な美術史を勉強しようとしている人はこの本を手に取らないだろう、という判断からそのままゴーサインを出したそうだ。「日本美術史」というなら取り上げなければいけない人も抜けているので、もしも「本気で日本美術史を学びたい人」が間違って手に取ってしまったら棚に戻して欲しいと山口氏は語っている。本書では山口氏が好きな絵や絵師を中心に、自由闊達でわかりやすい文章で書かれているので、美術書にありがちな堅苦しさは一切なし。日本美術史をくわしく知らない初心者も楽しめる1冊なのだ。

 もちろん洛中洛外図屏風も取り上げており、その「ヘン」さについて解説している。洛中洛外図屏風というのは、地図のように北が上になっていなかったり、同じラインにまったく違うところにある建物が描かれたりなどしているので、地図的に見てしまう現代の感覚からするとヘンに感じるそうだ。しかし昔は二隻一双の屏風の間に挟まって真ん中から見て楽しんだ、いわゆる「3D」な空間性を持つ「絵の中に入って楽しむもの」であり、さらに絵の細かい部分を見ていくと思わぬ発見があるという。ちなみに山口氏は学生時代に「舟木本」を見て非常にシビれて叫びだしたくなったそうだ。飲み過ぎて嘔吐しそうな人やナンパ待ちの女性、合コン中の人たちなど総勢2700人以上の人物全員が、作者の又兵衛の特徴である下膨れの顔で詳細に描き込まれているのを見たら……そりゃ叫びたくなるかもしれない。

 これ以外にも教科書に必ず載っているウサギとカエルが相撲をとっている場面で有名な「鳥獣人物戯画」や、鎌倉幕府を開いた源頼朝の人物画「伝源頼朝像」、そして雪舟、円山応挙、伊藤若冲などを取り上げ、なぜそういう「ヘン」な絵になったのかを様々な視点から解説しており、西洋の遠近法などがない日本画がどういう仕組みになっているのかなども知ることができる。とにかく面倒臭いことは抜き、ヘンな絵を楽しんで「芸術の秋」を堪能してもらいたい。

文=成田全(ナリタタモツ)