なぜ、日本の看板には丸ゴシックが多いのか?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/23

 街には看板があふれている。店名、広告、案内板、道路標識、etc……そんな多くの看板に使われている文字のフォント(書体)を気にしたことがあるだろうか?

 例えば、道路のそこかしこにある「止まれ」の赤い逆三角形の標識。「止まれ」の文字に使われているフォントは「丸ゴシック」。文字に丸みがある、親しみやすい書体だ。他の看板はどうなんだろうと目を向けると、驚くほど「丸ゴシック」が多いことに気がつく。

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 「え、なんでだろう?」と疑問を抱いたのは、『まちモジ 日本の看板文字はなぜ丸ゴシックが多いのか?』(グラフィック社)の著者にして、書体デザイナーの小林章さんだ。

 きっかけは、最近、欧米では丸ゴシック体が流行している、ということだった。欧米では1979年に「VAG Rounded」という丸ゴシックの開発以降、ほとんど丸ゴシックがなく、最近になってその種類が増えて来たという。

 ドイツ在住の小林さんは、ヨーロッパでどのくらい丸ゴシックが使われているのか気になり調べることにした。「機能性が優先されて、趣味などの入り込む余地が少ないから」と、調査対象に選んだのは「道路標識」。

 日本の「止まれ」と同意の道路標識「STOP」の看板を見ると──赤地に白いフチどりと白いSTOPの文字。ここまでは日本と同じ。しかし、形は逆3角形ではなく8角形。気になるフォントはサンセリフ体──角ゴシック。

 小林さんは“STOP探しの旅”に出る。

 ドイツ、ルクセンブルク、ベルギー、フランス、オランダ、イギリス。どの国でも、基本は八角形の看板で、赤字に白文字の「STOP」。形の違いはあれど、すべてが「角ゴシック体」だった。

 そして日本に渡る小林さん。

 「止まれ」はもちろん、交差点の案内標識、山手線の高架に書かれた「○○駅」、電車内のガラスに書かれた「乗務員室」、「交番」「税務署」「○○市役所」「○×銀行」……どれも丸ゴシック。公的で厳格なイメージの場所で丸ゴシックが使われていることから、小林さんはひとつの仮説を立てる。

(仮説1)角を丸くして親しみやすい効果を狙っている?

 しかし……「非常電話」「火気厳禁」「危険 高電圧電線」「あぶないからはいってはいけません!」──“親しみやすい”よりもむしろ“警戒すべき”ことまで丸ゴシックな日本。救急車や消防車(1950年代の車両にも)、はたまた「マル秘」のスタンプにも丸ゴシックが使われていることが発覚。そこで小林さんはまた考える。

(仮説2)親しみやすいではなく、丸ゴシックには公的なイメージがある?

 ならばと、今度は世界各国の看板と日本の看板を比較してみることにする。ヨーロッパの看板の文字はほとんど角ゴシックであることから……。

(仮説3)漢字には丸ゴシックが向いているのかも?

 ところが、中国・香港に飛んでみると、どこもかしこも角ゴシックなのだ。「STOP 停」の看板ももちろん角ゴシック。ほとんど同じ漢字を使っているのに、なぜ日本だけ丸ゴシック? 一体、いつからそうなった? 過去の日本の写真をひもとくと、1927年にすでに丸ゴシックが使われていたことが判明。カッティングシートもデジタルフォントもなく、大量印刷をしていたとも考えにくい時代に、日本各地で同じように丸ゴシックの看板が「手書き」されていたなんて……そうか、そこに謎の扉を解くカギがある!

小林さんは、今や数少ない手書きの看板職人さんを大阪・和泉市に訪ねる。「K看板」の2人の職人・上林修さんと板倉賢治さんに実際に同じ文字を、角ゴシックと丸ゴシックで書いてもらうと、角ゴシックのほうが時間も、筆を動かす回数も多いことが分かる。角ゴシックを手書きする場合、文字の角を出すために、線を書いた後にエッジ出しのために文字の端々を整えなくてはならないからだ。

 また、上林さんは「多くの文字を書くときは、角ゴシックをスッキリと並べるのは至難の技」で「ざわついた感じ」になってしまうが、丸ゴシックは「そういった感じにはなりにくい」と答えている。角ゴシックの看板を手書きするのには、技術とセンスも必要なのだ。

 上林さんも板倉さんも、看板の注文を受けた際、クライアントから特に指定がなければ丸ゴシックを選ぶということから、作業時間や完成度、技術の面から、自然と日本では丸ゴシックが増えたのではないかという手掛かりが得られた。

 そして、小林さんは、ひとつの説としてこの旅を結ぶ。

──丸ゴシックが選ばれてきた理由は、遠目でも読めること、オフィシャルに見えること、そして手で書くときに効率が良いこと、の3つがバランスよくそろっていたからではないでしょうか。(本文より引用)

 読んでナットクの丸ゴシックの謎。本書は3章構成で、第1章 日本に丸ゴシックが多い理由、第2章 世界のまちモジ観察、第3章 フォントの世界と、とにかく世界中の看板の写真が並び、眺めているだけでも旅行気分に浸れて、豆知識も得られて、とにかく楽しい。

 フォントひとつにも色々な狙いがあるとわかってしまったあなた。さて、今から作る書類にはどんなフォントが適切なのか、もう一度考えてみるといいかも? あ、でも、考えすぎて仕事や勉強が“止まれ”しないようにご注意あれ。

文=水陶マコト