外からは見えない、増え続ける心の病を治療する「セラピスト」の現場

健康

公開日:2014/4/23

 『絶対音感』(単行本:小学館、文庫本:新潮社)や『星新一 一〇〇一話をつくった人』(新潮社)など数々のノンフィクション作品を世に問うてきた作家、最相葉月氏。最新刊『セラピスト』(新潮社)では、「箱庭療法」で知られる心理学者の河合隼雄氏や、「風景構成法」を考案した精神科医の中井久夫氏らを取り上げ、「心の治療のあり方」に焦点を当てている。

 厚生労働省の発表によると、2011年の精神疾患の患者数は320.1万人、1999年の204.1万人から100万人以上増えている。しかしそれに対応する医師や看護師の数は患者数の増加に追いついていないのが現状で、呼称も「カウンセラー」「臨床心理士」など様々あり、診察の値段もバラバラ、さらに病院にはひっきりなしに患者が来るため、診察にかけられる時間が少ない(「3分診療」といわれている)など問題が山積しているという。また医師などとの出会いには運があると言われ、相性が合わなかったり、診断もそこそこにすぐに投薬を勧められたりなど、適切な治療が受けられないと感じている患者は多い。そしてどんな治療が行われるのかについては守秘義務があり、内容は非公開。つまり心の病の治療は、何がどうなっているのか外からはまったくわからず、病気で苦しんでいる人は不安を抱えながら病院へ行っている状態なのだ。最相氏は「私は、カウンセリングに対してうさんくささを感じていた」と語り、カウンセリングの勉強も始めている。

advertisement

 本書は、最相氏が中井氏に風景構成法のカウンセリングを受ける場面から始まる。そして河合氏のエピソードへと移り、箱庭療法についての説明がなされる。箱庭は内側が縦57センチ×横72センチ×高さ7センチ、外側が黒、内側が青く塗られていて、そこへ砂を入れ、クライエント(患者)が川や山などを形作り、人形や動物、木、車などのおもちゃを置いて作成していく。また風景構成法は、まず紙に川を描き、次に山、そして田、家、人などを画面に配置していくものだ。他にも木を描くバウムテストや、画面を分割して色を塗る色彩分割、イメージのままに描くなぐり書きなどがある。最相氏と中井氏のやり取りは「逐語録」として収録されており、カウンセリングがどのように進められるのかを窺い知ることができる。さらに本書は戦後の日本に持ち込まれたカウンセリング、精神疾患治療がたどってきた歴史を丁寧に紐解き、現在へとつながっていく。

 その中でも印象に残るのが「悩めない病」という章だ。大学で働くカウンセラーは、最近は何に悩んでいるのかわからず、「もやもやしている」と言う学生が多いという。怒りや悲しみ、嫉妬といった感情に分化せず、苛立ちや怒りの対象もはっきりとしないそうだ。そしてもやもやが一定以上高まるとリストカットや薬物依存、殴る蹴るなどの暴発を引き起こす。そうした自分の内面を言葉にできなかったり、イメージできない「悩めない人」が増えているのだという。そして続く最終章の「回復のかなしみ」では、ずっと心に抱えてきた問題に最相氏が向き合い、自身が心の病と診断されたこと、そしてその苦しみを吐露している。

 最相氏は「この世の中に生きる限り、私たちは心の不調とは無縁ではいられない」「心の病とは、暗闇の中で右往左往した挙げ句、ようやく探し当てた階段の踊り場のようなものなのかもしれない」とあとがきに書いている。本書を通じてセラピストの仕事と現場を知り、風邪のように熱が下がったり、鼻水が止まったりという「症状がなくなったら完治」ということではない心の病が回復に至るとはどういうことなのか、なぜ精神疾患の患者は増え続けているのか、じっくりと考えてみてほしい。

文=成田全(ナリタタモツ)