官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第44回】ナツ之えだまめ『どうにかなればいい』

公開日:2014/5/2

ナツ之えだまめ『どうにかなればいい』

『早川ディスプレイ』、国内三位の業績を誇る企業の三代目を継ぐ早川誠二は『工房オゴホゴ』へと車を走らせていた――工房の主・桑原大介が持つ色とデザイ ン、才能が自分の会社にどうしても必要だからだ。だが首を縦に振らない大介に痺れを切らした誠二は、とうとうオゴホゴに泊まりこみで説得することを決める……大人気作品『うなじまで、7秒』文庫に登場するあの人の、まっさらな心と身体が思い知る、身を焦がすほどの恋。

 

 門松が取れ、正月気分も抜けてきた頃。

「早川ディスプレイ」社長代理、早川誠二(はやかわせいじ)は堤防下、川沿いの一方通行の道を運転していた。

 廃車置き場の隣に、ひずんだ星か桜の花のような形の木の看板が現れる。熱帯のジャングルの濃い緑と、宇宙まで突き抜けそうな青と、とぷりと音がしそうな 熱い太陽の黄で「ディスプレイオブジェ/デザイン工房オゴホゴ」と書いてあるその看板を目印に誠二はハンドルを切った。駐車場に根を張っている巨大な桜の 木にこすらないように気をつけて、オゴホゴの所有する黒のワゴン車と白い軽トラックの隙間に割り込むようにドイツ車をとめる。「オゴホゴ」とはインドネシ アのお祭りには欠かせない、張りぼて人形を載せた神輿だと桑原大介(くわはらだいすけ)に教えてもらったのはいつだっただろうか。

 バックミラーでメタルフレームの眼鏡の角度を確かめる。自分の顔を見るたびに、次期「早川ディスプレイ」社長としては決定的に貫禄のない女顔がいやにな る。顎にあるごく小さなほくろが色白なせいで目立つ。髪や目の色もカラーリングやカラーコンタクトをしているのかという色の薄さだ。

「絶対に『うん』と言わせてみせる」

 自分に言い聞かせるように口にすると、右側の助手席シート、コートの上に置いてある卓上時計を手にする。それは時計にしては奇妙な色と形をしていた。人 の拳ほどの大きさでごつごつしており、色はアケビのようなくすんだ紫。デジタルの文字盤は「零玖伍肆」となっている。大字(だいじ)と言われる漢字で数を 表したもので、今のこれは〇九五四、すなわち九時五四分を示しているのだ。この、アケビ色の時計は早川がオゴホゴの主である桑原と出会うきっかけとなった ものだ。もう十五年、時計は誠二に何度も握りしめられたせいでところどころ色が剥げかかっている。それを手にする。そうすると表面からこの色と形の持つ原 始的なエネルギーが自分の中に入り込んでくる気がした。

 ――うまく桑原大介を説得して仕事を受けてもらえますように。

 祈る。離す。

 それから書類を確認すると、誠二は車を降りる。コートは車の中に置いてきた。川からの風が吹きつけ身をすくめる。よく磨き抜かれた靴が駐車場の不揃いな 砂利を踏みしめた。誠二は、桜の大木の倍ほどの高さの工房を見上げる。鉄工所をリフォームした工房オゴホゴの外観は無骨だ。明るい灰色のスレート波板の 壁。駐車場に面して左端と右端には手前に開くドアがあり、それぞれ台所と事務所に通じている。さらにふたつのドアのちょうど真ん中には、搬入出用に両側に スライドする扉があった。あけるときには大のおとなが渾身の力を込めなくてはならない、大扉だ。明るいオレンジで塗られているその扉は、今はしっかりと閉じられている。

 

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エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊

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