官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第46回】柴田ひなこ『恋愛転生』
公開日:2014/5/14
柴田ひなこ『恋愛転生』
「先輩、俺とつき合って」。同僚の友成(ともなり)に告白されてから一年、桐生(きりゅう)が返事を保留し続けているにもかかわらず、友成は忠犬のように桐生のそばを離れない。そんなある雨の日の帰り道、桐生は、薄暗い路地の隅にいた易者に友成を指して言われる。「あの男性、あなたの犬でしたよね」――桐生と友成が巡りあうのは前世の因縁? それとも、現世の恋のため……?
「あ、降ってきた」
その声に、桐生和彦(きりゅう かずひこ)は持っていたジョッキをテーブルに置いた。いつの間にか空は灰色の雲に覆われている。足元に敷かれたレンガがぽつぽつと色を変えていく。
〈株式会社トリックススポーツ〉の納涼ビアパーティーは、シティホテルの一階にあるスポーツバーのテラスで開かれている。店内の大画面液晶が映し出しているのはプロ野球のオールスター第三戦。すでに中盤だ。
ドーム戦は天候に左右されないからまだいい。だがここには屋根がないのだ。パーティーのお開きまで残り二十分。それまでに雨足はどうなるだろうか。
桐生は円卓のちょうど真向かいに座っている長身の男をちらりと見た。
男の両脇には総務部の女子社員がべったりと寄り添っている。二人とも、内輪で計画している二次会に男を誘っているようだ。
自分にもああやって女子社員から誘われていた時期があった。もうずいぶん前のことのような気がする。桐生は小さな溜め息をついた。
誘いが途絶えたのは三年前、結婚指輪を嵌めて出勤するようになってからだった。一年半前に離婚して独身に戻ったが、三十路を迎えた今でもなぜか途絶えたままだ。
だからといって目の前の男に嫉妬したりはしない。こいつが女子社員からの誘いを断ることはわかっている。
――先輩、俺とつき合って。
今から一年前、桐生はこの男に告白された。
羞恥にうろたえ、まともな返事を避けた桐生に、そのとき男は恐ろしいことをさらりと言ってのけた。
――じゃあ俺、いつまでも待ちますんで。
雨はやがて本降りになった。
宴会が終わると桐生は同僚に紛れ、急ぎ足でホテルのエントランスに向かった。ところがそのわずかな間に雨足はひどくなり、すぐにバケツをひっくり返したような豪雨になった。
駅まではどれだけ急いでも歩いて十分はかかる。それなのに、周りには一台のタクシーもない。
「あーあ、タクシーなくなっちゃいましたね」
その声に振り向けば、一人の同僚が戸外を見つめていた。友成聖士(ともなり さとし)、桐生の真向かいでさんざん女子社員からの誘いを受けていた男だ。
それほど厚みはないが均整のとれた体躯の二十七歳。桐生も人並みではあるが、百八十三センチの男に背後から寄り添われるとやはり気後れする。
声をかけられることは予想していた。だがそのとおりに事が運ぶとさすがにうろたえた。
「二次会は中止になったのか?」
「なんですか? それ」
「さっき誘われてたろ」
「えー先輩、意地悪だなぁ。俺が乗るわけないでしょ」
友成がつまらない冗談はやめてくれと言わんばかりに唇を尖らせる。綺麗な二重瞼の双眸が、桐生を軽くねめつける。
2013年9月女性による、女性のための
エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊
一徹さんを創刊イメージキャラクターとして、ルージュとブルーの2ラインで展開。大人の女性を満足させる、エロティックで読後感の良いエンターテインメント恋愛小説を提供します。