「虫ぎらい」が作った『世界一うつくしい昆虫図鑑』

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/21

この非常に美しい昆虫の写真集『世界一うつくしい昆虫図鑑』の著者、クリストファー・マーレーは昆虫専門のカメラマンでもなければ昆虫学者でもなく、「昆虫アート作品」を制作するアーティストなのだ。そしてかつては「長年、節足動物を慎重に避けてきた」という大の虫ぎらいで、台北のアパートの階段にタランチュラが出たときは家に入れなくなったり、山道でカマキリを避けようとしてオートバイを大破させたりしている。

そんな彼が虫に魅かれはじめたきっかけはバンコクのナイトマーケットで売られていた甲虫の標本箱を見つけたとき。はじめは震え上がってその場を立ち去ろうとしたのだが「自分でも驚くような心の葛藤があった」「その小さなモンスターから目を離せなかった。体のほかの部分は逃げ出したがっていたというのに」という。そんな葛藤の結果、結局その標本を購入。それから虫に魅入られ標本にする昆虫を探しはじめるのだが、それも「おそるおそる」だったと告白している。

advertisement

しだいに彼は、昆虫はデッサンや絵画で表現したいと思っていた「恐れ」や「魅力」そのものだと感じるようになっていく。かつて昆虫に対して抱いていた恐怖や不安といった負のエネルギーは「自然に存在する状況からできるだけ遠いところに置こうという情熱」へと変化し、従来の昆虫標本とは違った「昆虫アート作品」を生み出すことになった。

この写真集の昆虫は、色が塗られているわけでもないし画像が加工されているわけでもないが驚くほど色鮮やかだ。従来の防護処理よりもはるかに美しく保存できるという保存方法を用いているのがその理由のようだが、著者はそれに加えて、多くの人々が「虫というのは、黒くて、醜くて、ぞっとするもの」という先入観を持っているから、よけい美しく感じるのではないかと分析している。

ひとつひとつの標本は脚を体の下に丁寧に隠してある。著者は「見る人を不安にしているのは昆虫の足」だといい、足を隠すことによって恐怖感を持つことなく、変化に富んだ形や色、質感が味わいやすくなる。よく見ると触角までが折りたたまれており、その徹底ぶりは目を見張るものがある。

もちろんナナフシやカマキリなど「足」がその造形の面白さとなっている場合は、逆にその「足」を積極的にデザインに取り込んでいる。とくにカミキリムシの長い触角と足を生かしたモザイクはカミキリムシの形のユニークさを一目で感じることができる作品だ。

昆虫の写真集で「宝石のよう」に昆虫を扱って紹介しているものは他にもあるが、この本はそれをさらに一歩すすめている。昆虫への恐怖や嫌悪感を極力取り除いて、色や形が生きるように並べる。ただの「宝石のよう」ではなく「きちんと磨かれていちばん魅力的に見えるように配置されている宝石のよう」なのだ。だから分類などは一旦置いておいて、タマムシとコガネムシも一緒に並ぶし、違う科に属するカメムシまで同じ作品に並んでいる。

しかし、ここまで徹底して「自然に存在する状況からできるだけ遠いところに置こう」としているのにやはりそれは自然のものだということに驚く。この美しさも、造形の奇妙さも自然が作り上げたという事実はゆるぎない。

写真集に掲載されている昆虫の多くは南米や東南アジアといった熱帯のものが多いが、タマムシ、ハンミョウなどは日本でも色鮮やかなものが見られるし、日本のハナムグリも金属光沢が美しいものは数多くいる。

人間の目からほんの少しだけ恐怖を隠せば、圧倒的に美しい自然が見えてくるということをこの本は気づかせてくれる。

Cover image: “Coleoptera Mosaic”
★2008 Christopher Marley

文=村上トモキ