官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第47回】犬飼のの『人魚姫の弟』

公開日:2014/6/10

犬飼のの『人魚姫の弟』

人魚姫の弟であるリトは、人間の国の王子グレンに叶わぬ恋をしている。イルカ族の血を引くリトはイルカの姿で王子と友達になり、彼と触れ合えるだけでも幸せだと言い聞かせる日々。グレンの誕生日の夜、嵐のため船から海へと投げ出された彼を岸まで運んだリトは、人間の娘が王子を介抱するのを見て、付き添うことのできない自分を悲しく思う。彼のそばにいられるならどんな犠牲を払ってもかまわない──思いつめたリトは、美しく青い瞳とひきかえに魔女の薬を手に入れ、少年へと変身するのだが……!?

 

  僕には六人の姉がいた。六番目の姉は恋に破れて海の泡になり、年の離れた僕に、大理石の白い像を残してくれた。薔薇色の海藻で囲って、とても大切にしていた物だ。

 この像は姉が恋い焦がれた王子様に似ているらしい。

 僕にとっては、姉を傷つけて海の泡に変えてしまった憎い人……ずっとそう思っていた。自分が恋に落ちるまでは、姉の気持ちがわからなかったから──。

 
 

 人魚王の城がある海底は、陽が落ちる瞬間の空の色に似ている。

 夕陽の赤みが消え去って、それでいてまだ明るさは残る夕方と夜の中間の色。

 底を覆う砂はサファイアを砕いたようにキラキラと輝き、王城の壁は珊瑚で出来ていた。窓は琥珀、屋根は巨大な真珠貝だ。

 青い砂が光を蓄えるので、夜でも暗闇とは縁がない。

 それでも遠い空から光が届くと、屋根が七色に煌めいて美しかった。

 夜明けを喜ぶように貝が口を開き、その中にある真珠を見せてくれる。

 地上の人々の目に触れたら、王族や貴族に献上するために……と、ごっそり持っていかれてしまうのだろうが、人魚王の城を訪れる人間は、一人残らず死人(しびと)だ。

「リト、また地上に行くつもりなの?」

 満月の夜、リトは一番上の姉に問われた。

 正直に「はい」と答えると、二番目の姉がずいっと前に進みでてくる。

「毎日よく飽きないわね。普通は何度か行ったら飽きてしまって、海底が一番美しいことに気づくものよ」

「リト、貴方まさか人間の娘に恋をしているんじゃないでしょうね? 嫌よ……もうあんな悲劇は絶対に御免だわ。皆の自慢の貴方にもしものことがあったら、お母様やおばあ様に続いて、お父様までどうにかなってしまうわ」

 すでに結婚して子供もいる姉達の言葉に、リトは「ご心配ありがとうございます。人間の娘さんには会ったことがありませんから、大丈夫ですよ」と答える。

 嘘ではなかった。毎夜会っているのも恋しいのも、人間の娘ではなく人間の王子だ。

 王子と出会う前、リトが知る人間とは常に死人であったので、いくら大理石の像を見ても、沈没船から運んできた絵画や書物を見ても、それほど人間に惹かれることはなかった。むしろ大地や大空への憧れが強かったのだ。

 その考えが覆されたのは、リトが十五歳になった時だ。

 人魚は十五歳の誕生日になると、憧れの地上を見にいくことができる。

 リトも例外なく海の上の世界に憧れていた。幸いなことに、リトはイルカ族の血を引く後妻の子であったため、姉達とは違ってイルカに変容することができる。

 人魚の姿では陸から遠い場所で見物することしかできないが、イルカの姿なら人と触れ合うこともできるのだ。

(早く海上に行かなくちゃ! 今日はグレン様の誕生日!)

 王城をあとにしたリトは、人魚の尾をぐんぐんと動かしながら地上に向かう。

 南の王国フューンの第一王子グレン・クリスチャン・アンデルに会う時は、いつも途中でイルカに変容していた。しかし今日は人魚のままだ。

 グレンから今夜の船上パーティーのことを聞いていたので、あまり近づけないのはわかっていた。地下水路で毎夜のように密会し、王子の秘密の友達のイルカとして、彼の話を聞くのはとても素晴らしい時間だけれど、今夜は別の楽しみがある。

(真紅の薔薇のような色の衣装を作ってもらったって……ああ、今から胸がはち切れそう。グレン様のブロンズ色の肌や黒髪には、鮮やかな色が本当によく似合う。青も黄色も、もちろん白や黒もお似合いだけれど、やっぱり赤が一番だと思う。赤と金で飾られたグレン様を間近で見たら、僕の目はどうにかなってしまうかもしれない!)

 リトは夜空に向けて、より力強く尾を振った。

 恋しい王子の国には、ブロンズ色の肌をした人間ばかりが住んでいる。

 六番目の姉が恋した白い王子像も美しかったけれど、それは女性と見紛う美しさであったので、雄のリトの心を惹きつけるものではなかった。

 リトが憧れるのは、強くて雄々しい王子だ。グレンは国一番の美男と謳われ、目が覚めるような素晴らしい美貌の持ち主だけれど、彼を女性と見間違える人はこの世に一人もいないだろう。

 グレンは背が高く、剣術や馬術に励んでいるのが一目でわかる肉体の持ち主だ。

 多趣味だが一番の趣味は読書で、面白い物語をイルカのリトに語り聞かせてくれた。

 痺れる低音の美声で語られる物語は、簡潔に纏められ、それでいて正確だった。

 

2013年9月女性による、女性のための
エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊

一徹さんを創刊イメージキャラクターとして、ルージュとブルーの2ラインで展開。大人の女性を満足させる、エロティックで読後感の良いエンターテインメント恋愛小説を提供します。

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