仲間たちとのぎこちない関係に過酷な気候… アニメでは明かされなかったムーミンの真実

マンガ

公開日:2014/6/25

 人間でもない、動物でもないムーミン。いったい何者? もしかしてカバ? なんて思ったことはないだろうか。

 正解は、精霊。

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 あのずんぐりむっくりとした姿で精霊とはこれいかに?

 『だれも知らないムーミン谷 孤児たちの避難所』(熊沢里美/朝日出版社)によると、ムーミンの正式名称は「ムーミントロール」。「トロール」とは、北欧民話に登場する森の精霊の一種。精霊といっても羽の生えたかわいらしいものではない。全身が長い体毛に覆われて、鼻が長く、肌も岩のようにごつごつした醜い姿をしているそうだ。人に悪さをしでかす醜くて恐ろしい精霊である。実際、1943年にフィンランドでトーベ・ヤンソンによって雑誌『ガルム』に発表されたムーミンの原型「スノーク」は、ムーミンは長い鼻と細長い体をした、人間の目には見えない奇妙な生物として登場。アニメ『楽しいムーミン一家』で知られる、パステルカラーのかわいらしい姿とは似ても似つかないという。

 そんな姿のムーミンが、アニメのように仲間たちと穏やかで楽しい毎日を送っている姿は想像しにくい。いったいどんな物語だったのだろうか? ムーミンの原作は、1945年に登場した『小さなトロールと大きな洪水』から四半世紀をかけてトーベ・ヤンソンが発表した9作品からなる。アニメに見られる平和なストーリーは、この原作の後日談ではないかと熊沢氏はいう。原作では、アニメでは見られないキャラクター同士のぎこちない関係や、過酷なムーミン谷の気候が描かれているのだ。

 アニメでは、ムーミン谷で昔から仲良く暮らしているように見える登場人物たち。原作では、彼らの出会いから丁寧に描かれている、例えば、カンガルーのような姿のスニフやムーミンの恋人役・フローレン、旅人のスナフキンなどその多くの仲間は、旅の途中のムーミンと出会って同行し、そのままムーミン谷に留まってしまう。このため、ムーミン以外はほとんど帰る家のない孤児ではないかと作者は推測する。出会って間もない彼らは、警戒心のためかどこかぎこちない関係が続く。

 このように原作の初期に見られる彼らの関係は、物語が進行するにつれて変化する。

 例えば、自由と孤独を愛する旅人・スナフキン。旅人であるのにも関わらず、しょっちゅうムーミン谷にいる印象を受けていた人も多いのではないだろうか? 原作にはその経緯も描かれている。スナフキンはある時ムーミン谷に向かう途中で出会った「はい虫」に、谷を訪れる目的は旅ではなく、友達に会うためではないかと指摘されてしまう。クールな振る舞いを見せていたスナフキンは混乱。そして、本当は孤独に旅をするより友達と遊びたいという本音を自覚する。

 また、原作では彗星の接近や激しい嵐、強大な竜巻、洪水とさまざまな災害に見舞われる。さらに、注目したいのが寒暖差の激しい気候。アニメに見られるムーミン谷の穏やかな気候は、北欧では夏にあたるらしい。ムーミンはあるとき冬眠からふいに目を覚まし、冬を発見してしまう。冬を象徴するのが、アニメにも登場する「モラン」。彼女が歩いた後は凍り、植物は枯死してしまう。このためムーミンは、はじめはほかのみんなと同様に彼女を恐れていた。ところが、原作ではモランの孤独を知り、彼女を受け入れるように。冬の生き物の存在を認めたムーミンは、冬も夏と同様にあるがままの姿を受け止められるようになる。こうして、ムーミンたちは自然と共存する道を選ぶ。

 「ムーミン谷は、原作全9作品をもって、多くの生き物たちに開放される、稀有な居場所となります。彼らが仲睦まじく平穏に暮らす、結末の世界こそが、アニメ『楽しいムーミン一家』に抽出され、引き継がれた」と熊沢氏はいう。

 誰しもが憧れるアニメ『楽しいムーミン一家』のユートピアの世界。ムーミン谷や登場人物ひとりひとりがこれまでかいくぐってきた数々の困難を知れば、アニメの物語にもっと奥行きを感じられそうだ。

文=佐藤来未(Office Ti+)