「おそるおそるではなく満を持して」 池澤夏樹作品電子化が本格スタート

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/21

池澤夏樹

ボイジャーは2014年7月1日(火)より池澤夏樹作品の電子化を本格的にスタート。「impala e-books」シリーズとして販売を開始した。

これまで電子化された池澤作品は1999年にボイジャーから配信された『オキナワなんでも辞典』、『新世紀へようこそ』や、東日本大震災の後に電子化された『楽しい終末』など数点のみだったが、今回は出版社を超えて同じ「impala e-books」シリーズとして配信される。

2014年7月に『クジラが見る夢』『静かな大地』他3冊が、その後2カ月ごとに5冊ずつ配信される予定。2015年1月には谷崎潤一郎賞受賞の長編小説『マシアス・ギリの失脚』が、同3月には、震災後間もなく刊行され話題となったエッセイ集『春を恨んだりはしない』が配信となる。売上げは紙の書籍を発行しているそれぞれの出版社とボイジャーがシェアする仕組みが構築されている。

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2001年9月11日、アメリカでの同時多発テロ事件後のメールマガジンの発信や、現在も続いている「世界文学リミックス」のメールマガジン、さらには公式サイトで膨大な書評の掲載など“紙”にこだわりすぎることなく発信してきた池澤氏が、今まで電子書籍への本格的に参入するのを断り続けていたのはなぜなのか。

今回のプロジェクトの記者発表会で池澤氏は、本の歴史を紐解きながら、「語り」から「文字」への変化や、印刷技術の発展などメディアの変化による表現の違いを説明しつつ、「電子出版がでてきたときに、それは面白いな、新しい読み方ができるかもしれないと思った。新しいメディアがでてきて、そこに新しいものを加える。それをちょっと実験してみたい」「9・11のメールマガジンのときは緊急だったから、状況がメディアを選ばせた」とコメント。紙の代用としての電子出版ではなく、電子出版がメディアとしてオリジナリティを持つということを語った。

ボイジャーでの電子化本格スタートの理由を池澤氏は「電子出版というメディアがいつになったらどれぐらい成熟するか、電子出版の前にコンピューターの性能、ネットの速度など全部含めてどこまでいったらどれぐらい使いやすくなるのか、それを横目で見ていた気がする」「そして最近になって僕もボイジャーもそろそろ本格的にやってもいいんじゃないかということになった」という技術的な側面に加え、さらに「ボイジャーとは長くいろいろやってきたが、今回のプロジェクトは友情からではなくビジネスとして成立しているからやっている」「これまで電子化といえば“とりあえず”という雰囲気のところが多かった」と、電子書籍がビジネスとして成立するようになってきたことも要因として上げている。

電子化することの利点としては「読者との距離が近くなる」ということ。今回、池澤氏のシリーズの制作にも使われたボイジャー開発のWEBサービス「Romancer(ロマンサー)」では個人でも電子書籍を作製できることにも触れ、「これから作家目指す人に向けて、出しやすく、敷居が低くなる。出す人と受け取る人が増えれば出版文化の拡大になる」と語った。

ボイジャーの代表取締役の鎌田純子氏は「22年間ひたすら電子出版でやってきてたくさん失敗してきたが、最近はようやく“電子出版って何ですか?”と聞かれなくなった」と語り、本を跨いでの語句の横断検索機能についても「将来的には付くと思うし、解決しなければ電子書籍の未来はかなり狭いものになると思う」と一般の読者にも電子書籍が広く普及してきつつあるとともに、電子書籍には紙の本にはない新しい機能、使いやすさの向上の可能性を示した。池澤氏も「今回こそはおそるおそるではなく、満を持しての刊行」と語るように電子出版というメディアはようやく成熟しつつあるのかもしれない。

2014年7月1日(火)よりボイジャーのBinBストアでは、ジャック・マイヨールと共に過ごした日々を綴った『クジラが見る夢』と、池澤氏自らのルーツを描いた、アイヌと入植者の物語『静かな大地』が先行販売されている。その他の電子書籍ストアでは随時配信が始まる予定となっている。

⇒BinBストア(ボイジャー)
⇒cafe impala(池澤夏樹公式サイト)

文=村上トモキ