【猫と人間、1万年の歴史】美しき猫たち。なぜ彼らは人間をとりこにするのか?

社会

公開日:2014/7/27

 イギリスのマンチェスターで、体調を崩し倒れた飼い主の危機を知らせるため、隣家の窓を叩いて知らせた飼い猫が、国境を越えて話題になっている。

 これが犬なら、さほど珍しくない話のような気もするが、猫の人命救助って、あまり聞かない。

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 気ままで、自由で、好奇心旺盛で、決して人に媚びない…猫にはそんなイメージがある。

 犬のように「技」を教えるのはほぼ無理だし、首輪は嫌いだし、すぐ家の外に出たがるし。初めて猫を飼った人は、ペット向きな動物だとは思わなかったのではなかろうか?

 それでも、今や猫は、世界中で広く愛されている。

 そんな「猫」という存在を、人間との関わりの歴史から紐解いたのが、『世界で一番美しい猫の図鑑』(タムシン・ピッケラル:著、アストリッド・ハリソン:写真、五十嵐友子:訳/エクスナレッジ)だ。

 ページをめくる度にため息が出るような、美しい猫の写真が満載の本書を開けば、猫の魅力は一目瞭然。かわいい。撫でたい。抱っこしたい。世界中で愛される理由なんて、説明不要だ。

 だが、猫たちが今のようにペットとして人間社会に溶け込むまでには、約1万年の時間が必要だった…。

 約1万年前、中東の人々が遊牧生活をやめ、定住・農耕を始めたことが、猫と人間との始点だと言われている。居住地にある食料を求めて様々な動物たちが寄ってくる中で、ハツカネズミを退治してくれる存在として、猫は人間社会に受け入れられた。

 数千年後、古代エジプトにおいて猫は、イシス信仰やバステト信仰などにみられるように「崇拝の対象」として、神殿で暮らしたり、愛猫の葬儀が行われるほどに、大切にされた。神への生贄として犠牲になることもあったが、それ以外の無分別な殺生は死刑に値する重罪だった。

 やがて、古代ローマ帝国が拡大するにつれ、猫はヨーロッパ全土へ広がって行く。「穀物を狙うネズミ軍団を倒す」大切な戦力として、猫は従軍していたのだ。

 陸路、海路の発達とともに、猫は極東へも広まっていく。アジアでは、猫は霊的な力と結び付け「魔除け」とされたり、幸運や繁栄の象徴として「招き猫」になったりした。もちろん、対ネズミ軍団としての役割はアジアでも同じだった。

 中世に入ると、猫の運命は下降線をたどった。キリスト教の時代を迎えた欧州では、多神教崇拝と結びつく猫は迫害された。中でも黒猫は魔力や悪霊と関連付けられ、忌み嫌われた。

 天敵が激減したことでネズミが大繁殖し、家や家具や穀物を荒らし、伝染病が拡大すると、猫はしばしその地位を取り戻すが、あくまでもネズミ対策要員。危機が去り、猫のありがたみを人は忘れてしまったのか、16~17世紀には、魔女の手下と位置づけられ「魔女狩り」によって、捕獲・虐殺された…。

 アメリカでは、魔女を連想させるだけでなく、娼婦そのものを指すようにもなった。

 だが、そんな時代でも、レオナルド・ダ・ヴィンチは猫を愛していたし、アジアでは相変わらず猫は人と仲良く暮らしていた。

 迎えた18世紀末。ようやく猫にとっての暗黒時代が終わりを告げる。伝染病を媒介するドブネズミの暗躍を止めるべく、猫が再登板。微生物学者ルイ・パスツールが「不衛生な環境が病気の原因になる」と発表したことで、ドブネズミ駆逐の功績に加え、「きれい好きな猫ってイイ!」と人気が急上昇したのだった。

 19世紀になると、猫への関心はますます高まる。世界的に有名な作家や画家の作品に猫が登場するようになり、人々を癒やす存在として、のだ。

 歴史を紐解けば、猫が人を救うことは、両者の関係の「始まり」であり、何も驚くことではなかった。人間の都合で可愛がられたり、虐げられたりしながらも、猫はずっと人間社会に寄り添い、人類の危機になるとそっと手を差し伸べてくれていたのだ。筆者も、辛い日々、何度飼い猫に救われたことだろう…(泣)。ありがとう猫たち!

 1万年の感謝を込めて、本書をもう一度めくる。数々の純血種が美しく写し出されているが、著者ピッケラル氏は言う。血統書があろうとなかろうと、品評会に出ようと出まいと猫は猫。どこまでも優美で、個性的な動物だ。

「猫を知っていることは素敵なことだけれど、本当に誇るべきは猫に愛される人間であるということかもしれない」

 次の1万年も、人間が猫に愛されていますように。

文=水陶マコト