八百長疑惑が殺人事件をも引き起こす? なぜスポーツ選手は不正を働くのか?

スポーツ

更新日:2014/9/16

 ブラジルW杯の期間中に、カメルーン代表・ヌクル選手の父親が自動車の中で焼死し、現地メディアは殺人事件だと報じた。予選リーグでカメルーンはクロアチアに0-4と大敗を喫し、「八百長疑惑」が浮上した矢先のことだった。そこには賭博や金、マフィアの影がちらつく。

 カメルーンの疑惑については調査結果を待つとして、サッカーに限らずスポーツ界では八百長やドーピングなどの不正がしばしば問題となる。『なぜ、スポーツ選手は不正に手を染めるのか アスリート不正列伝』(マイク・ローボトム:著、岩井木綿子:訳/エクスナレッジ)のルポに、その理由を探ってみた。

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 本書の中から、とあるサッカー選手のケースを取り上げてみたい。
元イングランド代表で、サウサンプトンFCアタッカーだったル・ティシエは、1995年、イングランドのプレミアリーグの試合で賭博がらみの不正を働いたことを、自伝で告白した。

 サッカーでの賭け事と言えば、totoのように試合の勝敗を予想するサッカーくじをイメージしてしまうが、ル・ティシエの不正は「スポット賭博」を舞台にしたものだ。

 スポット賭博とは、競技中に起こる様々な出来事を対象とする賭け事だ(イギリスでは合法)。テニスの試合でのフォールトの数、自転車レースでの転倒者数、サッカーの試合開始から○分までにイエローカードが出るか、といった具合に。単純な勝敗予想と異なり、高度な分析や複雑な予想が必要になる。配当も高額になる。

 だが、当事者であれば状況をコントロールすることは可能だ。試合全体ではなく、「スポット」だからこそ、団体競技でありながら、個人が不正を働く環境が成立してしまう。ル・ティシエが不正を行ったのは「最初のスローインが行われる時間帯」を予想する賭け、だった。ブックメーカーは、最初のスローインを開始後1分以降と予測し、境界値を「1分~75秒」と設定。ル・ティシエとチームメイトは友人を介して、高額配当が期待できる「1分未満」を「買った」。

 試合開始後4秒でボールがタッチラインを割れば、ブックメーカー側の予想時間までに56秒の余裕があり、ル・ティシエたちは賭け金の56倍の設けを手に入れられる。ル・ティシエはキックオフ直後にボールを大きく蹴ったが、力が不十分だったため、賭けを知らない味方がラインを割る前にボールを拾ってしまった。もたもたしていると、境界値の75秒を越えてしまう。そうなれば、ル・ティシエたちは逆に損をすることになる。ル・ティシエは必死になり、開始70秒で最初のスローインを発生させ、結局、損も得もしなかった。

 以来、ル・ティシエは不正をしなかったというが、優れた選手がなぜそんなことをしてみようと思ってしまったのか?
 状況は揃っていた。
(1)試合の重要度:リーグ戦は終盤で、サウサンプトンは一部残留を決めていた。
(2)不正のしやすさ:テレビ中継の試合は、賭け事の対象が沢山あり、自分に合った不正を選びやすかった。
(3)自己正当化できる不正:最初のスローインは試合を左右するようなプレーではない。

 ル・ティシエが自伝で「最初のスローインの時間帯を当てて数ポンド稼いでも問題ないと思った」と語っているように、「スポーツ選手が深刻な悪事に手を染めているとは意識せずに不正ができる」ところに落とし穴があると、著者ローボトムは分析した。不正の階層構造ができて、軽い不正と重い不正という区別が生じるのは危険だ。金を賭ける対象が限定され、「無害な不正」と見なされれば、スポーツの中に「治外法権の認められる領域」が生まれてしまうのだ、と。

 ル・ティシエの不正は、本書で扱われている数々の不正のほんの一例に過ぎない。賭博で動く巨額の金に絡んでマフィアが選手やレフリーを買収・脅迫した八百長。貧困地域出身の若い選手に資金援助をしておいて、一流選手になると不正で恩返しを迫るという手口。大会で○位以上にならなければスポンサー契約が切られてしまうからと、ドーピングに走ったオリンピック選手…。結局、不正の原因は「金」かよ…と溜息が出る。だが、プロスポーツ選手のほとんどは、自らを鍛え、より高いパフォーマンスを目指し、日々戦っている。正々堂々と。その志は、黄金の輝きであると信じたい。

文=水陶マコト