この夏読みたい戦争マンガ 松本零士の「戦場まんがシリーズ」を読んでみた

社会

公開日:2014/8/15

 イスラエルとパレスチナの間で緊張が続き、ウクライナ情勢は出口の見えない膠着状態に陥り、中東では今年の7月の紛争やテロによる犠牲者数が約9000人に上り、2011年の「アラブの春」以降で最悪の状況にあるという。
 日本でも集団的自衛権の行使に関する憲法解釈の問題が議論されている。

 国や組織の思惑も、それぞれの正義も主張もあるだろう。だが、忘れてはならないのは、戦場で消えていく人間の命だ。戦争のニュースを見聞きするたびに、筆者は戦場マンガ『ザ・コクピット』(松本零士/小学館)を思い出す。

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 本作は、第二次世界大戦を舞台に、戦場を生きた兵士たちの目線で描いた、珠玉の短篇集だ。戦争モノの映画や物語は、とかく「反戦」を強く打ち出したり、戦場で大活躍するヒーローを描いたりしがちだが、本作では、美化することも、極端な反戦論の展開もない。

 夢も希望もあった若者たちが、当然のこととして戦場に趣き、憎くもない敵を殺さなくてはならなかった、戦争の悲しさをただ綴っているのだ。

「この戦争で死んだ世界じゅうの若いのが、あと三十年生きていたら……みんな、いろんなことをやったろうになあ……」

 これは「音速雷撃隊」というエピソードに登場する日本兵・山岡中尉の言葉だ。そして、これは同時に松本先生の思いでもある。

 数ある作品の中から、今回は『戦場交響曲』を読みながら、戦争を考えてみたい。

■戦場でたった一度だけ演奏された幻の交響曲

 『戦場交響曲』は、南太平洋ガダルカナル島を流れるテナル河の東岸から始まる。
 米軍機の空爆を受けた日本軍のトラックには、軍楽隊が乗っていた。唯一生き残ったのは、作曲家を夢見る若い兵士・砂津川良輔。
 現場のすぐ近くで対空機関砲を受け持っていた森山進と仲間が駆け寄ると、辺りにはトラックから散らばった楽器や「オタマジャクシの行列」が記された紙を見て驚く。
「おれの命より大切な楽譜だ…」と血を流しながら告げる砂津川のため、森山たちは楽譜を拾い集める。だが、その瞬間、米軍スナイパーの狙撃に遭って仲間は即死。森山は98式自動砲で仇を討つが残弾はなくなり、周囲では激しい砲撃戦が始まる。

 軍楽隊の仲間の形見である楽器を積み上げ墓標を作る砂津川を見て、森山はひとつだけ壊れずに残ったトランペットを拾って来る。砂津川は、昨日完成したばかりという『戦場交響曲』を弔いに演奏する。
「男の魂が、歯を食いしばって泣いているような曲だった…無念の涙を流しているような曲だった…」と森山は感じる。

 だが直後に悲劇が訪れる。敵が投じた手榴弾が目の前で爆発し、砂津川は聴力を失ってしまったのだ。
「米軍の捕虜になって軍医に診てもらえば砂津川の耳は治るかもしれない」と考えた森山は、敵の飛行場から戦闘機を奪う計画を立て、ついでに砂津川を捕まらせようとする。だが、砂津川は森山の計画を見抜く。
「おれの交響曲を聞いたのはおまえ一人だけだ。はじめて聞いてくれた人間と、ここで別れたくないよ。どこまでもいっしょだ」と、森山と一緒に戦闘機に乗ってしまう。
 飛び立って間もなく撃ち落されたが、運良くテナル河西岸の味方の前線で、生き長らえた森山と砂津川。しかし、飛び立つ際に砂津川の“命”である“楽譜”を落としてしまっていた。

「紙なんかあきらめてこれ食って後退しろ」と飯ごうを差し出してくれた年輩の日本兵の忠告も聞かず、“臆病な砂津川”は、ひとり楽譜を探しに敵陣へ向かってしまった。森山は砂津川の消えた闇夜につぶやく。
「おまえは、信じるもののためには、命をかけてもがんばる男だということが今ごろわかったよ…必ずもどってこいよな!!」
 その後、砂津川の姿を見たものはいない。

 この物語はもちろんフィクションだし、実際の戦場で楽曲を作曲したり、戦闘中に演奏したりできたなどとは考えにくい。だが、砂津川のように戦争の中で消えていった夢が、世界じゅうに、無数にあったことは疑いようがない。

 そして今も、同じように毎日どこかで、夢も命も消えている。戦争のせいで。

 ベンジャミン・フランクリンは言った。
「良い戦争も、悪い平和もあったためしがない」─そう、戦争が正義だったことなどない。

 『ザ・コクピット』に限らず、戦争を扱ったマンガもアニメも日本にはたくさんある。この夏、戦争のことを考えるきっかけに、戦争マンガを手にとってみて欲しい。

文=水陶マコト