新劇場版「頭文字D」の秘密兵器は「Dタッチ」 3DCGで存在感を示すサンジゲンの新手法とは?

アニメ

更新日:2015/7/16

ヘアピンカーブでの華麗なるドリフトテクニック! 

誰でも一度はコーナーを攻めた経験があるだろう(チャリで)。そんな男の飽くなきスピード欲を掻き立てる、あの名作が帰ってきた! 

公道でスピードバトルを繰り広げる名作『頭文字(イニシャル)D』。新劇場版3部作となり、第一作目、『新劇場版 「頭文字D 」Legend 1 –覚醒-』が8月23日から全国で公開された。
 

▲宮野真守氏、中村悠一氏ほか豪華声優陣もいい味を出している

 見所はもちろん、ドリフト・ハチロク・溝落とし!
 原作に忠実ながらも、アクションシーンは、バージョンアップ! さらに声優・音楽を一新して、新鮮味が増している。


■ 全編CGなのにマンガっぽい!?

今回、劇場版を制作したのが、アニメプロダクション、サンジゲンとライデンフィルム。サンジゲンとは、3DCGでおなじみの制作会社。アニメ『咲-saki-』の麻雀牌を囲むシーンを手がけたことでも知られている。

今作でも、バトルシーンはスピード感が増して、引き込まれるものがあった。そうであるにも関わらず、原作・アニメファン両ファンも大満足の作画であった。
サンジゲンも制作に荷担しているからには、さぞかしCGパートが多かったにちがいない。一体どこが、CGパートだったのか。
サンジゲン代表の松浦裕暁氏に聞いた。やはり車の動きはすべて3DCGだったのだろうか。

「はい。新劇場版『頭文字D』は、全編3DCGで制作しましたし、一部キャラクターも3DCGをつかっています」と驚きのコメントをくれた松浦氏。

注意力散漫な記者には、映画のどのシーンも原作のタッチを生かしているように見えた。描線が迫力をかもしだし、その雰囲気は、まるで手描き。
ピクサーアニメのような、リアルな立体感やCGらしい質感も特に見受けられなかった。松浦社長、それは本当なのだろうか……。

「私たちの手掛けている3DCGは、『セルルックアニメーション』という画風です。
セル画のように、線を生かした画に仕上げています。そのため、人物も車も『セルルック』のトーンなので違和感がないはずです。
いわゆる“CGらしい”画面に見えないのは『セルルック』だからです。
この手法は、昨年末放映された『蒼き鋼のアルペジオ -アルス・ノヴァ-』でも使用しました」(松浦氏・以下同)
 

▲松浦氏「うちは3DCGの会社ですから(キリッ!)」


■ 日本人になじむ新CGの表現!

確かに今作は、マンガとアニメの良いところを両立したようであった。いわゆるCGっぽくない、3DCGの「セルルック」は、どうして生まれたのであろうか。

「日本人には、線を生かす『セルルック』が馴染みがいいと思ったからです。『009 RE:CYBORG』の制作もこの手法を使用しています。『セルルック』が、セル風に似せているのは、画面だけではありません。モーションも、セル調に合わせています。
日本のアニメは『リミテッドアニメーション』という手法を取っているのですが、それを踏襲しています。ひとことで説明するなら、コマをあえて抜いて、動きを印象的に見せる手法です」

リミテッドアニメーション
従来のフル・アニメーションのリアルな動作を追求した表現手法に対し、簡略化された抽象的な動作を表現するために、動きを簡略化しセル画の枚数を減らす表現手法として考案されたアニメーションの表現手法

海外のフルCGアニメーションは、日本のアニメより、動きが滑らかと感じたことはないだろうか。それは「フルアニメーション」とも呼ばれる手法をとっているからだ。日本とは違い、動きのコマ数が多い。
比べて、日本のアニメの動きは、もっと大雑把。だがコマを抜くリミテッドの方が、勢いがあり、スピード感が出せるなど、インパクトを与えられる。
人は、コマが欠けていても、動きを頭のなかで補完する。これは、マンガにも通じる表現ではなかろうか。

「リミテッドアニメーションの手法を取るかどうかは、もちろん作品により判断すべきです。人物などをリアルな質感にするのなら、リアルな動きを合わせた方がいいでしょう。
今回、『頭文字D』という作品を作るにあたり、このような手法が最適だと思ったのです」
 

▲関東最速を目指す高橋兄弟。作中屈指のイケメンキャラだ。


■ 新技法「Dタッチ」が誕生!

もしも本物のドリフトを目の辺りにすれば、アニメよりももっと遅く感じるかもしれない。だが、実写よりもデフォルメすることで、リアルよりリアルらしさを表現しているのだ。それこそアニメでしか表現できない醍醐味だ。

線画に親しみのある日本人にとって、自然なことだが、今回の作品を印象付けている効果がもうひとつある。それは、通称「Dタッチ」だ。

「今回の映画化に当たって、原作・しげの秀一先生の絵が、この作品の象徴ではないかと思いました。
そこで、原作にあるような、車の動きを表す効果線を描くことにしました。この効果線を勝手に『Dタッチ』と呼んでいるのです。これがあったからこそ、アニメの新しさが出せたと思います。“マンガアニメ”というジャンルかと思っています。
線を描くのは一見簡単そうですが、実はとても手間がかかります。手描きの時代には、めんどくさくて実現しなかったと思います」

原作の魅力を引継ぐ「Dタッチ」とは、CGならではで生まれた技法だったのだ。
 

▲車体や道路にある横線が「Dタッチ」だ


■ フルCGはアニメの未来を変える?

CG作画によって、表現の幅がますます広がることが予想できる。だが、アニメ業界では別の意味でCG化に注目が集まっているという。それは生産体制に思わぬ副産物をもたらしたことだ。

物理的にうれしい効果もあったという。なんと、生産性が高く、少人数で制作できることだという。

「同じく全編3DCGで制作した『蒼き鋼のアルペジオ –アルス・ノヴァ-』では、1話あたりのスタッフは、わずか10人程度でした。通常はその10倍の人数がかかわると思われます。
3DCGの場合、一度モデルをつくれば、それを使い回すことができます。動画作成過程で、人の絵に似せたり、きれいな線を引く必要がなくなったのです。絵が描けないスタッフでも戦力となります。制作工程を効率化できました」

CG化により人件費を大きく抑えられるという。これはアニメ界には大きな革命である。ただでさえ元を取るのが難しいといわれるアニメの制作現場が、技術革新で変わるのかもしれない。
優秀な人材がさらに多くの作品に関われるチャンスが増えたということだろうか。なんにせよ、制作者の環境が向上することは、いいことだ! 松浦氏には、今後もアニメの最先端を走って欲しい!
 

▲ドリフトシーンも「Dタッチ」でさらに迫力アップ!


■ 野心的逸材・松浦氏とは?

と、ここで素朴な疑問が湧いてきた。CG制作プロダクションといえば、通常アニメの元請けは滅多に聞かない。にも関わらず、サンジゲンは『蒼き鋼のアルペジオ –アルス・ノヴァ-』を初め、制作の指揮を執るプロダクションへと変貌を遂げた。それはなぜか?
松浦氏のプロフィールから読み解くことに。

「実は、昔はアニメがそんなに好きではありませんでした。福井の出身なのですが、当時は民放テレビ局が2局。単純に見られなかったという理由が大きいのですが、あまり興味がなかったですね。
だから『頭文字D』は、マンガで読んでいました。バンドをやっていたりと、なにかしら創造に関わるようなことをしたいとは思ってはいたのですが……」

転機となったのは、パソコンを買い、CGと出会ったことだという。

「モデリングをすれば、自分で描写しなくとも、『絵』が描けるのです。自分でもクリエーターになれる可能性があるのではないかと思えました」
 

▲福井時代の松浦氏は、藤原拓海のように「アニメなんてなにが楽しいんだろう」と、思っていたかは不明である

CGとの出会いから、それを極めたいと思い、上京することを決意。映像会社に飛び込み、実写・アニメを問わずCGパートを担当することに。

「会社に入って分かったのですが、CG担当が作品の根幹に関わることは少なかったんです。それに比べて、アニメでは、現場から意見が言えて、それが反映されることが多くありました。それで、アニメに関わろうと。
その頃には、ちゃんとアニメ見ていましたよ(笑)。1998年に見た、『カウボーイビバップ』は、すべてがかっこよくて、今でも憧れ的存在です」

意欲的に仕事をこなしてきた松浦氏、上京8年目にして、サンジゲンという、自らの会社を立ち上げた。異例のスピードで独立だ。だが、松浦氏にはちょっと不満だったらしい。

「本当は上京後5年で起業するつもりでした。計画より3年遅かったですね。僕は始めから起業するつもりで行動してきましたから。
そのために、大手のアニメ会社に入ろうと思いましたし、そのなかでなるべく大規模プロジェクトに関わろうと目論んでいました。あと、起業するには、仲間が必要だと思ったので、優秀なスタッフの人脈も積極的に広げていましたね」

その結果、いまやサンジゲンをはじめ、ライデンフィルム、トリガーなどを束ねる会社のトップを務める。
アニメーターにしては希有なこの意識の高さ。
 

▲サンジゲンのエントランス。等身大のメンタルモデルたちがお出迎え


■ これからは描画よりセンス!

松浦氏のようにスピード出世は難しいだろうが、これからアニメ業界に入る人はどのようなことを心がければいいのだろうか。

「これからは、ますますCG化していくと思います。そのため、絵を描くことにこだわらなくても、いいのではないでしょうか。
でもその代わりに、なにがカッコいいと思うのか、センスは大切にして欲しいですね。これはうちのスタッフにも言っていることです。
ただ、監督を目指すような人は、もちろん絵が描けることと、強烈な個性は必要だと思います」

作画に関わるような仕事も もちろんだが、松浦氏のように、好きな作品をアニメ化する仕事もある。アニメプロデューサーになるにはどうしたらいいのだろうか。
 

▲元社長室だったという、サンジゲンの会議室。掘りごたつが付いた座敷になっている

「人望を大切にすることです。お金を集めることもアニメプロデューサーにとっては大切な仕事です。お金は作品がおもしろければ集まるでしょう。でも、人はついてきません。僕は、スタッフには常に誠実でいるつもりです。
意見が衝突しても、なぜこの作品をこのように作りたいか。いつでも説明するように心がけてきました。作品の作り方にブレのない姿勢を貫くことが第一歩でしょうか……?」

松浦氏の特異なところは、数年前までは制作の第一線で働いていたこと。自分も上手くアニメを作れなければスタッフはついて来ないだろう、との考えからだったという。
プロデューサーたるには、技術だけでも人望だけでも足りない。だがそこまでアニメを愛するが故にプロデューサーとして信頼されているのだろう。

日本アニメの未来を担う、鬼才の登場で、シーンはどう変わるのだろうか。革新的なことに挑み続ける、サンジゲンおよび松浦氏から今後も目が離せなさそうだ。
 

▲AE86のようにアニメ界を爆走するサンジゲンに今後も注目だ


■ 『新劇場版「頭文字D」Legend 1 –覚醒-』公式HP
http://initiald-movie.com

©しげの秀一/講談社・2014新劇場版「頭文字D」製作委員会

(取材・文=武藤徉子、撮影=橋本商店)