ゲイの同性婚カップルがカミングアウトし、夫夫円満ライフを手に入れるまで【いくつもの障害を乗り越えて「見えない存在」から「見える存在」へ】

恋愛・結婚

更新日:2016/3/14

 今を去ること10年ほど前、ふとした思いつきで、男友達を連れ新宿2丁目のゲイバーに飲みに行ったことがある。厨房のバイトをしていた別の友人に頼み、前もって連絡してから行ったので、ママも一応私の話し相手をしてくれた。しかし、ひとりじゃ行きにくいからと同伴を頼んだ男友達とのほうが、明らかにママのトークも弾むわけで、女性である私はしばし「見えない存在」となり、若干の居心地の悪さを抱えつつ、ひとり、ちびちび飲んでいたのが思い出される。

 あれから時は流れ、今はLGBT(レズビアン、ゲイ、バイ・セクシャル〈両性愛者〉、トランスジェンダー〈性同一性障害〉、それぞれの頭文字)という性的マイノリティの総称が広まりつつある。芸能界ではオネエ系タレントのポジションが定着し、カミングアウトする著名人も増え、それにつれて、日本におけるLGBTに対する人々の意識や空気も、表向きにはゆるやかに変化してきたように感じられる。

advertisement

 『夫夫円満』(パトリック・ジョゼフ・リネハン、エマーソン・カネグスケ著/東洋経済新報社)の主人公は、愛し合う2人の男性。アメリカ人のパトリック(大阪・神戸アメリカ総領事館 総領事・表紙人物画像右)と、日系ブラジル人のエマーソン(元ブラジル空軍 航空管制官・表紙人物画像左)というひと組のゲイのカップルが出会ってから同性婚に至るまで、そして日本における彼らの“夫夫生活”が綴られた本である。

 本書はパトリックが語る第1部と、エマーソン目線で語られる第2部に加え、LGBTについての理解のための第3部も設けられている。まるで、ひと昔前のラブストーリーのように純粋なふたりの恋愛模様。途中何度かうるりときた。

 ふたりの出会いの場は、日韓ワールドカップ観戦に沸く、新宿2丁目のとあるパブ。パトリックはブラジルの勝利にはしゃぐ当時29歳のエマーソンと出会った瞬間、「生涯の伴侶となるべき人を見つけた」と、パルピテーション(恋のときめき)を感じてしまう。いわゆる、ひと目惚れだ。

 しかし、当のエマーソンは、パトリックの隣で飲んでいた30がらみのイカした男性が気になっていた。後日、サッカー観戦のため誰かを誘おうとたくさんの電話番号のメモから手当たり次第にかけていき、気になった彼だと思ってひきあてたのが、ついでに連絡先をもらった中年アメリカ人のパトリックだったのだ。電話を受けたパトリックは興奮し、サッカー好きでもないのにふたつ返事でOK。ますます運命を感じてしまう。

 しかし、待ち合わせて再会した瞬間に、すぐに「相手を間違えた!」ことに気づき、なんとか巻こうと考えるエマーソン。ところが、しぶしぶ食事をしている間に、パトリックの知的で穏やかでつつましい人柄に魅了され、エマーソンも恋に落ちてしまう。ラテン系だけに、真実の愛にめざめたエマーソンの言動は情熱的に変化していく。浮気を疑ったり、元カレからの電話に翻弄されるなど、男女のカップルと同じようなすったもんだを経て、出会いから5年、辞令でパトリックがカナダへ異動になったことを機に、同性婚を認めるかの地で、ふたりの夫夫生活がスタートしたのだった。

 しかし、ゲイである2人が生涯のパートナーとめぐりあうまでには、それぞれの人生において、さまざまな困難を乗り越えなければならなかった。

 まず最初の壁は、幼少時代に自分は人とは違うことに気づき、そしてそのことを自分自身にカミングアウトすること。

 パトリックは「もしあなたがゲイなら、毎日が小さなカミングアウトの連続になるはずです」と綴っている。自分自身に問い、家族や友人に打ち明け、さらには職場の同僚や上司に対してカミングアウトしていく。男子校時代は差別的な表現でさげすまれ、大学生になってゲイである自分を受け入れたものの、結局母親には話さずじまいで見取ることとなり、エマーソンとの結婚を機に父親にカミングアウトしたのが53歳。自分自身であることを開示しきれなかった30年もの長い年月は、どれほど苦痛で不自由なものだったろうかと思う。しかし、保守的なカルチャーが主流である当時の社会、パトリックの家族の中に流れる空気が、彼をそうさせたのだった。

 一方で、パトリックと出会うまでは遊び人だったエマーソンの場合も、小さな頃から男の子を好きになる自分に違和感を感じていた。教会に通って「神様、僕を治して」と宗教に答えを見いだそうとしていたのだ。葛藤を抱えたエマーソンは中学を卒業後、難関をくぐり抜けて空軍航空アカデミーへ行くも、10代後半で、ふとした出来事から家族にカミングアウト。家族たちがゲイについて理解を深めようとする中、ただひとり、母親は彼を治療しようと精神科医に通うことを強要する。果たして精神科医は「彼には全く問題はありません」と宣告。エマーソンはこのことで初めて自分に自信がもてたと綴っている。

 パトリックの場合で言えば、外交官がゲイであるということは、公の場では決して口にできない状況であり、しかし無言でいるというアプローチを続けることは、他者にとっても自分にとっても、自分は「存在しない人間」であることを意味していたという。

 周囲に少しずつカミングアウトをし、結婚を機に大使館の職員にも認めてもらったことで、これまで「見えない存在」だったふたりが初めて「見える存在」となる。2011年のパトリックの日本赴任の際、総領事であるパトリックの夫・エマーソンに対して日本は初めて、外交官の同性婚のパートナーに外交ビザを発給したのだった。

 日本でも2013年に東京ディズニーランドで女性同士のカップルが挙式を行い話題となり、2014年6月には、青山迎賓館で男性同士のカップルが永遠の愛を誓い合った。かつてとは違って、一般の人の中でも性的マイノリティに対する寛容性が増してきていることは感じられる。しかしその一方で、ゲイであることで迫害される国もあるし、どこの国であれ、差別偏見に悩み苦しむLGBTの人も、少なくない。

 オバマ氏は「擁護のために闘う人たちとともにある」と、この本に言葉を寄せている。「擁護のために闘わなくともよい」世の中が、いつか訪れてほしいと願う。

文=タニハタマユミ