官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第56回】淡路 水『法悦☆ホリデイ~解脱なんて知らねえよ~』

公開日:2014/9/2

淡路 水『法悦☆ホリデイ~解脱なんて知らねえよ~』

仏様、こんなのってアリですか?――雪村藍(ゆきむらあい)は現在、金なし職なし女なしの三重苦。最後の手段で手を染めた詐欺まがいの仕事で出逢ったの は、眼光鋭い迫力のある色男、正覚寺(しょうがくじ)の住職代理・瑞生(ずいしょう)だった。出逢った時に負った怪我がもとで寺に居候することなった藍だ がこの坊主、説教する、拳骨もふるう、肉を食えば、酒も飲む――そして、色欲も……?

 

 多分、これまでそんなに悪いことはしてこなかったはずだ。

 そりゃあ、ちょっとはズルしたりとか、小さい嘘を吐いたりとか、些細な、ほんの些細な過ちは犯したかもしれない。

 あとは……。

 自分のことしか考えていなかったってことも否めない。だけどここまでひどいしっぺ返しはどうかと思う。ほんのちょっぴりのズルくらい、多かれ少なかれ誰でもしていることだし、けっして自分だけじゃないとも思っている。

 不運なことが起こる度、神も仏もいないと罰当たりなことを思ったからなのか。

 彼らの存在を否定したからなのか。

 藍(あい)は、黒い法衣と地味な半袈裟(はんげさ)のやけにでかくてガラの悪い坊主を目で捉え、これって仏罰ってやつ? とそう思いながら、意識を手放した。

 
 

 真っ青な雲ひとつない空に、爽やかな海風。白いカモメが空をひらひら飛んでいる。つん、と鼻をくすぐるのは潮の匂いだ。

「あー、泳ぎてぇなぁ!」

 車の窓から見えるキラキラとした太陽の光を反射させて輝く青い海を見ながら、雪村(ゆきむら)藍(あい)は思わず声を上げた。

「な、そう思わね?」

 助手席に座る藍は、隣で黙々とハンドルを切って運転している男に話しかける。

「や、おれは別に」

 返ってきたのはなんの面白みもない気のない返事。

 この男は初めて会ったときからずっとこんな感じだ。藍が話しかけても、まともな答えをよこさない。

 確かにこれから仕事をする上では、この男と仲良くする必要も何もない。どうせ、今日一日の付き合いだ。

 とはいえ、ただでさえ気乗りしない仕事をするのに、相棒がこんなに無口で陰気だと更に気が滅入る。

 これから藍はたくさんの嘘を吐かなければならなかった。それも見ず知らずの人を相手に、だ。意図的に人を欺(だま)すことに罪悪感を覚えない者は、そう 多くないだろう。藍だって好きこのんで欺したいわけじゃない。人を欺すのは初めてだし、だから緊張もするし、なにより気が重い。

 嫌なこと尽くしだからせめて、誰かと喋って憂さ晴らしでもしたかったが、運転席の男には、どうやらそれすらも期待できそうにないらしい。

「窓閉めてくださいよ。エアコンつけてるんすから」

 無愛想に運転席の男がぼそぼそとそう言った。

「あー、はいはい」

 藍は言われた通りに車の窓を閉める。男は藍とはコミュニケーションを取る気もないらしく、それ以上は喋ることもしない。藍はむっつりと黙り込んでいる男を横目で見、また窓の外へ目を遣った。

 車は海岸沿いの道をひた走る。助手席側の窓からは海しか見えないが、運転席側から見える山の緑がこれまた爽やかで、こんな景色を見たのは一体いつ以来だろうと思う。

 それにしても、藍の憂鬱な気分とはうらはらによく晴れた空だ。

(あー、やだ。帰りてー……)

 太陽の明るさが恨めしいとばかりに溜息を吐く。

 こんなさんさんと日が降り注ぐ眩しく爽やかな日よりも、今日なんかはどちらかというと曇り空、いっそ雨でもいいくらいの気分だ。

 これから自分が後ろ暗いことをしに行くという自覚はある。藍だって、お天道様に顔向けできない仕事は本当ならしちゃいけないとは思っているから、この好天はひどく気分を滅入らせた。

 しかし、どちらにせよしなければならないことなら、さっさと終わらせたい。

 何しろこの仕事の金が入らなければアパートを追い出される。

 築四十年はくだらないのではないかという安普請のボロアパートだが、藍にとってはそこが最後の砦だ。

 

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エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊

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