少年は「特別な存在」で在り続けたかった? 西鉄バスジャック事件を検証する一冊

社会

公開日:2014/10/1

 今年7月、長崎県佐世保市で起きた女子高生による同級生殺害事件の報道では、加害者の奇妙な言動、家庭環境などが取り沙汰された。何か世間とは違う部分を見つけることで、私たちは彼ら未成年の猟奇犯罪者が自分たちとは違う“怪物”になってしまった原因を見つけた気になる。でも彼らが私たちとは違う「向こう側」に行くまでには、もっと複雑なプロセスがあったのではないか。

『ある日、わが子がモンスターになっていた』(入江吉正/ベストブック)は2000年5月に起こった「西鉄バスジャック事件」の加害者である17歳の少年の生い立ちと、犯行に及ぶまでの経緯を綴ったノンフィクションである。包丁一本で高速バスを乗っ取り、死傷者3名を出したこの事件は、加害者の少年による「頭の中に別の声が聞こえる」といった証言、インターネット上の掲示板で犯行予告を書き込んだことなどがセンセーショナルに報じられたことでも有名だ。

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 西鉄バスジャック事件の犯人、原口誠二(仮名)は1983年、佐賀県に生まれる。父親は建設機械の会社につとめるサラリーマン、母親は役所で保健師をしていた。どこにでもある、ごくごく「普通の」一般家庭である。

 幼少期から誠二は言動に落ち着きがなく、注意力が散漫な子だったという。小学校の時から成績は良く、周囲からは優等生と見られていたが、協調性に乏しく、いじめの対象にもなりやすかった。誠二の母は、一日の出来事の中で嬉しかったことを紙に書いて箱に入れる「良いこと探し」を家族に実践させたり、雑誌に自身の教育観を寄せたりするなど、傍から見れば教育熱心な母だったが、誠二にとっては母親の期待がプレッシャーにもなっていた。

 誠二に決定的な変化が訪れたのは中学生の時だ。2年生まで学年で2番の成績を誇っていた誠二だったが、高校受験が近くなるにつれ下降する。同級生からのいじめも激しくなる一方、誠二自身が他者への攻撃的な態度を取ることも多くなってきた。母親を“貴様”と呼び、命令口調で家族に暴言を吐くようになったのだ。

 誠二は高校に入学するも、すぐに不登校となり、自宅に引きこもりを始める。外出は「お出かけ」と称して土日に父親と行くドライブだけ。それもどこかを観光するわけでもなく、道路を10時間以上も延々と走るだけのものであった。母は幾度かカウンセラーに相談するも、誠二は自身の閉じた世界へと深く潜りこみ、やがて自分の頭の中だけに聞こえる「別の声」に導かれるように凶行へと向かっていく。

 幼少期における母親の子育て、中学時代のいじめ、理不尽な誠二の要求に対する親の対応、カウンセラーの対処。誠二が17歳で無差別殺傷事件を起こす“怪物”になるまでの様々な要因を、著者は誠二の生い立ちとともに挙げていく。無論、そのなかの1つの事象を取り上げて、「これがバスジャックの決定的な原因だった!」と決めつけることはできない。

 が、ひとつ言えることは、誠二を追いつめたものは「頭の中の理想と現実のずれ」だったのではないか、ということだ。

 誠二が放つ言動で印象的なものに、「自分はこの家の跡取りなんだぞ!」という言葉がある。祖母より原口家を継ぐ人間としての自覚を叩きこまれ、誠二は幼い頃より「自分は特別な存在なんだ」という思いに絡め取られていた。しかし、成長し家族以外との他者との接点が多くなるにつれ、成績の下降や自分より力の強い者からのいじめなど、「自分だけが特別」という価値観を揺るがすものばかりに出会う。誠二にとって引きこもりとは、「特別な存在」という思いを外の人間から汚されないようにする唯一の手段だったのだ。

 誠二の頭の中だけに聞こえる「別の声」についても同じではないだろうか。バスジャック事件後、精神鑑定でこの「別の声」を巡って議論が交わされることになるが、誠二が聞こえたと話す「別の声」は、〈気に入らない連中とは付き合わなくてもいいんだ〉〈人に何かを期待していると、裏切られた時の落胆も大きくなるからな〉と、他者とのディスコミュニケーションを肯定させるようなセリフになっている。これもまた、無意識の内に生じた、他者から自分の世界を守るための逃避行動だったのだろう。

 猟奇的な事件を犯した未成年の報道を読んだり聞いたりするたびに、私たちは彼らの社会通念からずれた思考や行動に戦慄する。でも現実世界からずれていくことに一番怯えていたのは、実は殺人者自身だったのかもしれない。

文=若林踏