官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第62回】斎王ことり『M姫の秘密の魔法~年下S彼の華麗なる求愛~』

公開日:2014/11/4

斎王ことり『M姫の秘密の魔法~年下S彼の華麗なる求愛~』

SM姫シリーズ第2弾! 双子の姉、美星は、美しく聡明な教え子・霜夜との時間をひそかに楽しみにしていた。でもある日、彼は美星に強引に迫ってきて…… キスされ、触れられて、いけないと知りつつも体が求めてしまう。からかいや興味だけならいいけれど、霜夜には大人の男の強引さと同時に少年のようなひたむきさがある。彼のためにも求愛に応えてはいけないと自分を戒める美星に、妹の代理のバイトが舞い込んで!?

 

 『思わじと言いてしものを……はねず色の、うつろひやすき……我が心かも』

 書かれているのは古文の恋文。

「もうあなたのことを考えるのはやめようと思ったのに、またあなたを思っている……」

 女性の詠んだ歌を、低めのよく通る声が誰に聴かせるでもなく朗読して、現代風に解釈を加えている。

 赤い唇が微かに動いて、その隙間から皓歯が覗く。

 黒髪の毛先は微かな黄金。象牙色の肌。高い鼻梁。その向こうにカールして露さえ乗りそうな長い睫が揺れている。

 唇が細やかに動いては、ときおり机に向かって独り言を告げている。

 ぶつぶつと……。そう、ぶつぶつと、古典の教科書を睨みながら───。

「ねえ、センセ……センセ……」

 そう呼ぶ声がまたいい。決して侮っているわけではなく、そこそこ敬っているような響きを持ちながら、砕けた感じで愛おしそう。人なつこい気配も漂わせている、その彼独特の”センセ”という呼び方が美星(みほし)は嫌いではなかった。

 むしろ……。

(むしろ……とても……す)

「ねえ、センセ。センセってば、聞いてるのかなあ? もしや堂々とさぼりなの?」

「え?」

 はっとして美星は彼の顔を見つめる。

 さっきまで伏し目がちに教科書を睨んでいたその切れ長の瞳が、今は美星を見つめてきている。

「センセイは……何が好き?」

 指先でくるくると器用にシャープペンを回しながら彼が言う。

 栗色の水晶体が輝く目元はクッキリと睫が縁取り、表情豊かで人なつっこい。

 口角が妖しく吊り上がっているのは、どういう意味だろう。

「センセは、古文が好きなんだよね? 文学少女だったの?」

「まあ、本を読むのは好きだけど」

「そう、現在進行形だよね。古文では何が好き?」

「小野小町……とか……清少納言とか……」

「恋の歌詠みのかなりなメジャーどころかな、ふむ」

「そ、そんなことはどうでもいいわ。私のことはどうでもいいから、早くこの意味をちゃんと口語で訳してください。霜夜(そうや)君。さあ、どうですか」

 美星は、顔を突き出すようにしながら、家庭教師の自分に言及してくる彼、霜夜から身体をさりげなく引き、そして先生らしく威厳を持って窘める。

 そう、この城之崎(きのさき)邸で家庭教師をしているのが自分。ここには日本国内では滅多にない城のように美しい邸宅を見に来ているわけではなく、置か れているアンティークの家具調度品に眼福をあずかるのが楽しみだとか、そういうよこしまな思いもない。一応、ないことにしている。

 ましてや、モデルか芸能人かというくらいに整った顔立ちの高校生、城之崎霜夜の姿を見るのが楽しみだとか、頭の回転の良さを感じさせる会話が好きだなんてことは絶対ない。断じてない。

『益荒男の現し心も われは無し 夜昼といはず…恋ひしわたれば……』

 万葉集を読み上げる声。低く張りのあるいい声だ。美星は教科書に目を落としながらその声だけ、身体にミストのように受けながら、真っ白な空間で真っ白な椅子に身を任せている。

「意味は……『立派な男であっても、私はもうまともな思考を失った。夜も昼も彼女のことばかり思い続けていて、何も手につかない。いつも上の空だ。困ったものだ』」

 霜夜がノートに書き込んでいた現代訳を読み上げる。

「はい。いいでしょう。次は?」

「『常かくし恋ふれば苦し……しましくも心休めむこと計りせよ』」

「はい。読みは何度かくり返して。そうすることで身体にじんわりと染みつきます。音読することがとても大事だと教えていますよね?」

「はい。『常かくし恋ふれば苦し……しましくも……』」

「いいでしょう。意味は?」

 美星は普段の口調とは違って、ここではあえて”大人”として”家庭教師”として、堅苦しい言葉を選ぶようにしている。

 白亜の豪邸の裏庭に面した二階の書斎。ここは美星が家庭教師のアルバイトをしている家だ。

 おとなしくて控えめで、はっきり言って内気な自分がこの目を見張る広大な敷地を持つ純白の鉄筋造りの豪邸で、アルバイトをすることになったのはわけがある。

 

2013年9月女性による、女性のための
エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊

一徹さんを創刊イメージキャラクターとして、ルージュとブルーの2ラインで展開。大人の女性を満足させる、エロティックで読後感の良いエンターテインメント恋愛小説を提供します。

9月13日創刊 電子版も同時発売
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