恋愛小説としても、超極上! 西尾維新初心者、ミステリー入門者にもオススメしたい、「最初の1冊」

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/21

伝奇ミステリーとキャラクター小説の面白さを融合させた、西尾維新の〈物語〉シリーズが全18巻で完結を迎えた。間髪入れずに開幕した新シリーズはなんと、探偵小説だ。

第1作のタイトルは、『掟上今日子の備忘録』。一話完結型の短編がゆるやかに繋がっていく本作は、本格ミステリーとして充実の完成度を誇る。

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密室状態の研究室から、実験データが入ったSDカードが消えた。いったい誰が、どこに隠したのか?

「お前の百万円は預かった。返してほしければ一億円用意しろ」。前代未聞の脅迫事件はなぜ起こったか?

日本を代表するミステリー作家が、遊び心で新作原稿を隠した。宝探しのヒントは4つ。隠し場所はどこだ?

トリックの質、ドラマの密度、解決に到るロジックの感触、サプライズの妙……。ミステリーならではの快感が、どの短編にもこれでもかと詰め込まれている。

そのうえで、だ。

本作には、超ド級の個性を持った名探偵が登場する、キャラクター小説としても抜群に面白い。その探偵の左腕には、黒色の太いマジックペンでこう書き込まれている。「私は掟上今日子。25歳。置手紙探偵事務所所長。白髪、眼鏡。記憶が一日ごとにリセットされる」。

彼女はひとたび眠りに落ちれば、その日の記憶を無くす。そもそもの依頼内容も、関係者への聴取や推理の経過もすべて、きれいさっぱりと。そんな彼女が探偵業を営むためには、絶対条件がある。「どんな事件でも一日で解決する」。そう、「忘却探偵」の異名を持つ彼女は、「最速の探偵」でもある。

かくして〈忘却探偵シリーズ〉は、西尾作品史上かつてないスピード感を手に入れることとなった。〈物語〉シリーズで全面展開されていた、文字の演出や言葉遊びの妙もごく控えめ。続々と謎が登場し、サクサクと事件が解決する。

そのうえで、だ。

この名探偵だからこそ可能となったテーマが、物語の後半でクローズアップされる。それは――「働くってなんだ?」。

彼女は記憶喪失という過酷な運命にさらされていながらも、悲劇の気配をほとんど感じさせない。事件の依頼を引き受け、解決のために全力を尽くし、謝礼を得る。究極の巻き込まれ体質を持った常連依頼人にして助手役、隠館厄介もまた、「働くこと」に対して前向きだ。

人はみな、ハンディキャップやコンプレックス、弱点を持っている。誰もが大なり小なり、十字架を背負っているのだ。それを無視することなどできやしない。だからといって、嘆いて暮らしていてもしょうがない。十字架を背負っている自覚を持ちながらも、そんな自分ができること、今日の自分ができることを、ちゃんとやること。つまり――。

働くことは、生きること。

この真実のきらめきは、学生を主人公にした〈物語〉シリーズでは、決して実現できなかったものだ。前作でできなかったことを、次でやる。今やる。〈物語〉シリーズを完走した読者ならば本作を、驚きとともに楽しめることは間違いない。

そのうえで、だ。

西尾は2002年に、新本格ミステリーの新人賞「メフィスト賞」でデビューを果たした。原作を手掛けた『めだかボックス』のコミックスも含めれば、著作は100冊を数える。これから彼の才能にアクセスしようとする人は、どれを読めばいいのか? 本作でいい。西尾ワールドの集大成にして新境地突入の『掟上今日子の備忘録』こそが、「最初の1冊」にふさわしい。

そのうえで、だ。

まだミステリーというジャンルに不慣れだという人や、そもそも小説という表現ジャンルに苦手意識を持っているという人にとっても。この本は、「最初の1冊」になれる。クロウトも唸る最先端にして、誰をも拒まない入門編。恋愛小説としても、超極上! これは、そういう物語だ。

じゃあ、次の1冊は何を読む? とりあえず……来年春にシリーズ第2弾『掟上今日子の推薦文』が出ますよということだけは、最後にお伝えしておきます。

文=吉田大助

『掟上今日子の備忘録』(西尾維新、VOFAN/講談社)