官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第63回】淡路水『法悦☆ホリデイ~解脱なんて知らねえよ~』

公開日:2014/11/11

淡路水『法悦☆ホリデイ~解脱なんて知らねえよ~』

 仏様、こんなのアリですか?――元モデルの雪村藍は金なし職なし伴侶なしの三重苦。金に困って手を出した詐欺まがいの仕事で出逢ったのは眼光鋭い色男、正覚寺の住職代理・桜庭瑞生だった。怪我をして正覚寺に居候することになった藍だがこの坊主、ゲンコツをふるう、肉を食えば酒も飲む――そして色欲も……強面イケメン坊主×駄目っ子美人、坊主の愛で恋も人生も悦(イ)い感じ!? BOY meets 坊主なラブ・ストーリー!

 多分、これまでそんなに悪いことはしてこなかったはずだ。

 そりゃあ、ちょっとはズルしたりとか、小さい嘘を吐いたりとか、些細な、ほんの些細な過ちは犯したかもしれない。

 あとは……。

 自分のことしか考えていなかったってことも否めない。だけどここまでひどいしっぺ返しはどうかと思う。ほんのちょっぴりのズルくらい、多かれ少なかれ誰でもしていることだし、けっして自分だけじゃないとも思っている。

 不運なことが起こる度、神も仏もいないと罰当たりなことを思ったからなのか。

 彼らの存在を否定したからなのか。

 藍(あい)は、黒い法衣と地味な半袈裟(はんげさ)のやけにでかくてガラの悪い坊主を目で捉え、これって仏罰ってやつ? とそう思いながら、意識を手放した。

 
 

 真っ青な雲ひとつない空に、爽やかな海風。白いカモメが空をひらひら飛んでいる。つん、と鼻をくすぐるのは潮の匂いだ。

「あー、泳ぎてぇなぁ!」

 車の窓から見えるキラキラとした太陽の光を反射させて輝く青い海を見ながら、雪村(ゆきむら)藍(あい)は思わず声を上げた。

「な、そう思わね?」

 助手席に座る藍は、隣で黙々とハンドルを切って運転している男に話しかける。

「や、おれは別に」

 返ってきたのはなんの面白みもない気のない返事。

 この男は初めて会ったときからずっとこんな感じだ。藍が話しかけても、まともな答えをよこさない。

 確かにこれから仕事をする上では、この男と仲良くする必要も何もない。どうせ、今日一日の付き合いだ。

 とはいえ、ただでさえ気乗りしない仕事をするのに、相棒がこんなに無口で陰気だと更に気が滅入る。

 これから藍はたくさんの嘘を吐かなければならなかった。それも見ず知らずの人を相手に、だ。意図的に人を欺(だま)すことに罪悪感を覚えない者は、そう 多くないだろう。藍だって好きこのんで欺したいわけじゃない。人を欺すのは初めてだし、だから緊張もするし、なにより気が重い。

 嫌なこと尽くしだからせめて、誰かと喋って憂さ晴らしでもしたかったが、運転席の男には、どうやらそれすらも期待できそうにないらしい。

「窓閉めてくださいよ。エアコンつけてるんすから」

 無愛想に運転席の男がぼそぼそとそう言った。

「あー、はいはい」

 藍は言われた通りに車の窓を閉める。男は藍とはコミュニケーションを取る気もないらしく、それ以上は喋ることもしない。藍はむっつりと黙り込んでいる男を横目で見、また窓の外へ目を遣った。

 車は海岸沿いの道をひた走る。助手席側の窓からは海しか見えないが、運転席側から見える山の緑がこれまた爽やかで、こんな景色を見たのは一体いつ以来だろうと思う。

 それにしても、藍の憂鬱な気分とはうらはらによく晴れた空だ。

(あー、やだ。帰りてー……)

 太陽の明るさが恨めしいとばかりに溜息を吐く。

 こんなさんさんと日が降り注ぐ眩しく爽やかな日よりも、今日なんかはどちらかというと曇り空、いっそ雨でもいいくらいの気分だ。

 これから自分が後ろ暗いことをしに行くという自覚はある。藍だって、お天道様に顔向けできない仕事は本当ならしちゃいけないとは思っているから、この好天はひどく気分を滅入らせた。

 しかし、どちらにせよしなければならないことなら、さっさと終わらせたい。

 何しろこの仕事の金が入らなければアパートを追い出される。

 築四十年はくだらないのではないかという安普請のボロアパートだが、藍にとってはそこが最後の砦だ。

 六畳一間だが月一万二千円という破格の家賃な上、なんと部屋にはトイレまで付いている。風呂は銭湯だが、都内では滅多にお目にかかれない格安物件。近所 ではお化けが出るんじゃないのかとさえ言われているが、そんなことはない。その証拠にお化けなんか一度たりとも見たことはない。

 だがその格安の家賃すら現在三ヶ月分滞納している。これからたった数時間仕事の出来次第ではもう屋根のある家に住めなくなるかもしれないのだ。

 罪悪感はもりもりあるが、自分自身の生活を確保することだって大事なことだと、無理やり考えを正当化するしかなかった。

 藍はそんなことをつらつら思いながら運転席の男を見る。

 小太りのもったりした腹がカーブを曲がる度にたゆんたゆんと揺れていた。メガネの奥の目は深海魚並に小さく、暗い海の底から浮かんできたのかおまえはと 言いたくなる。開いているのか閉じているのかよくわからない目の男は、その上陰気で口数が少なく、とても今からする仕事では上手くいくとは思えなかった。

 しかし、好き嫌いなど言っていられない。彼と力を合わせてなんとか乗り切るしかないのだ。だからほんのちょっぴりでもコミュニケーションがはかれないものかと、藍は切っ掛けを探すことにした。

 

2013年9月女性による、女性のための
エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊

一徹さんを創刊イメージキャラクターとして、ルージュとブルーの2ラインで展開。大人の女性を満足させる、エロティックで読後感の良いエンターテインメント恋愛小説を提供します。

9月13日創刊 電子版も同時発売
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