官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第64回】中島桃果子『【お試し読み】甘滴恋情事~その指で私を濡らして~』

公開日:2014/11/18

中島桃果子『【お試し読み】甘滴恋情事~その指で私を濡らして~』

激動の昭和初期、エロティックなサービスが巷に溢れていた頃、元芸妓の君志乃(きみしの)は、健全なカフェーの女主人として店を盛り上げていた。健全がゆえか色恋とは遠ざかり、とある湯屋にある淫靡なマッサージ――『指』による愛撫だけで女の悦楽を得ていた。だがある日、興業装幀家・粋元硯(いきもとすずり)と運命的な出逢いを果たす。巷の女が誰しも憧れる彼のスマートかつ淫らな手ほどきに導かれ、忘れていた恋に目覚める君志乃。滴るような甘いときめきに、涸れていた身も心も再び花ひらく――。

 

『指』は湯殿に隣接するマッサージ室で、部屋の中心にカーテンが引かれて、互いに顔は見えなくなっていることから『指』と名付けられていた。

 男の子たちの素性はわからなかった。

 そしてそんなことはどうでもよかった。

『指』で大切なことは、その指がいかに君志乃(きみしの)の中から日々の鬱憤や憂鬱、あるいは退屈を、快楽と共にかきだしてくれるか。

 同時に、渇いたからだに、めくるめくような高まりと、潤いを、恍惚と共に与えてくれるか。それに尽きた。

 女として平淡な日々を送るからだは、震えるような絶頂を欲していた。

 

**

 

 艶の湯は静かだ。

 常に貸し切りなのだから静かであたりまえなのだが、このしいんとした空間で、自分の手が白乳色の湯の面を弾く、ちゃぷん、という音だけを聞いていると、ほんのつかのま、いろんなことから解き放たれた気持ちになる。

 艶の湯はすこしとろみがあって、湯温はぬるめで、いつまでも入っているうちに芯からからだが温まってくる。特になまめかしい香りがするわけでもなく、なにが特別かと訊かれるとお湯自体は普通のいい温泉という感じだ。

 ただ、どこかしらこの湯自体が生きものであるような気が君志乃にはしていた。この場所自体が大きく呼吸をして、ここにくる人間のそれに寄り添い、持ち上げてくれているような。

 君志乃は、ふう、と息を深くはいて足を伸ばした。

 下からこぽ、こぽ、と気泡が噴き上げてくる箇所があって、その上に足の裏をかざすと、足の裏の疲れた部分をその気泡が突き上げながら水面にぬけて、ぱち ん、とはじけて空気となる。君志乃は浮力にからだを委ねてだらんとなりながら、しばらくその、突き上がってくる気泡に足の裏を愛でさせる行為に没頭した。

 ――気持ちいい。

 気泡の上で、足の裏をすこしずらすと、ちょうど足の指の付け根のところにそれが当たる。

 それがなんともくすぐったいような、べつの意味で気持ちがいいような、どことなく恥ずかしいような、そんな快感を伴うので、やめられなくなる。

 この湯が生きていると思うのはこういうところだ。なんとなくこの湯に自分が抱かれ、触れられているような感覚に陥る。

 んー……ん。

 湯の中でからだをくねらせながら、その柔らかな諌めのような刺激が、いわゆる小股と呼ばれる部分、つまり足の親指の付け根のところから中指、薬指の付け根のところに移動してゆくように足を動かす。

 目をつぶって足のひとさし指を触ると、ひとさし指を触っているのに、それが中指であるような感じがする錯覚があるけれど、それと同じで、刺激をうけてい るのは足の裏なのに、その気泡が、女の芯を刺激しているような錯覚にここでは陥って、この内緒の行為がいよいよやめられなくなる。そしておかしな話だが、 この行為は、足の裏に対して行うからこそ卑猥なのであって、誰もいない湯殿だからといって、その気泡に女の芯を直接あてがったところで、君志乃的には興ざ めなのであった。

 ――ああくすぐったい、でもどこかぞくっとする感じもあって、やめられない。

 今度は左の足の裏を、気泡の上にたゆたわせながら、頭の中ではそれが自分の芯の部分だと捉えて、その芯の中心に中心に、その刺激を寄せる。ゆるやかにではあるけれどその快感は高まってゆく。

 君志乃は思った。おそらく今日はあの子の日だ。

 君志乃には確信があった。この下から突き上げる気泡の具合が君志乃にとってずば抜けて好い日は必ず『指』にあの子がいる。

 だったら、今日はこのあと『指』に寄ろう。

 どことなくもやっとした頭の中を全部からっぽにして、東京に帰りたいから。

 

2013年9月女性による、女性のための
エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊

一徹さんを創刊イメージキャラクターとして、ルージュとブルーの2ラインで展開。大人の女性を満足させる、エロティックで読後感の良いエンターテインメント恋愛小説を提供します。

9月13日創刊 電子版も同時発売
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  • やがて恋を知る
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