ネット社会にも通じる強烈なメッセージ性 アルバムジャケットを芸術にまで高めた「ヒプノシス」

音楽

更新日:2014/12/3

   

 2000年前後に普及し始めたMP3や、2001年に登場したiTunesなどによって音楽アルバムは画面上で見るものになった。1980年代に直径30センチのLPレコードから12センチのコンパクトディスクに世代交代したとき、その小ささに世界中が驚いたが、今やCDでさえ過去のものになりつつある。

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 第2次世界大戦後の1940年代から普及したポリ塩化ビニール製のレコードは1980年代後半までの約40年間、録音された音楽を聞くメディアの中心的役割を担ってきた。そしてそのレコードを入れるための縦横約30センチもある厚紙製のジャケットは、様々な文字や写真、イラストなどによってデザインされ、アートとしても楽しまれた。もちろん画面上やCDでもその意匠は楽しめるが、手に取れる大きなレコードジャケットの存在感はその比ではなく、圧倒的な迫力がある。

 当初、ジャケットはアルバムのタイトル、そしてアーティストの名前や写真などが入っている単純なものだったが、徐々に意匠を凝らしたものがリリースされるようになっていく。そんな中、1970年に世界中の音楽ファンの度肝を抜くアルバムが世に送り出された。イギリスのバンド、ピンク・フロイドの『原子心母』(原題は“Atom Heart Mother”)だ。ジャケットには牧草地らしき場所でこちらを振り返る牛の姿のみで、それまで必須であったアーティスト名やタイトルなどの文字も一切入っていないという挑戦的なものだった。これをデザインしたのが「ヒプノシス」だ。

 ヒプノシスは1968年にロンドンでストーム・ソーガソンとオーブリー・“ポー”・パウエルの2人が始めたデザイングループで、後にピーター・クリストファーソンが加わった(ソーガソンは2013年、クリストファーソンは2010年に亡くなっている)。手がけたジャケットはピンク・フロイドを始め、レッド・ツェッペリン、ジェネシス、10cc、ピーター・ガブリエル、ELO、イエス、UFO、バッド・カンパニーなど錚々たるアーティストばかりで、日本では松任谷由実も制作を依頼している。彼らのデザインはジャケットを芸術にまで高めたと言われた。それは、超現実的なイメージを感じさせる現代アートであり、今見てもまったく古さを感じさせない。

 そのヒプノシスがデザインしてきたジャケットや、秘蔵のアーティスト写真などを集めた大判の作品集『ヒプノシス・アーカイヴズ』(オーブリー・パウエル、ストーム・トーガソン、 ロバート・プラント :著、椹木野衣:監修/河出書房新社)が発売された。しかもこれまで一度も世に出ていないデザインラフや、貴重な未発表写真が掲載され、さらにはパウエルによる作品解説もあって、資料的価値も高い、ファン垂涎の1冊となっている。

 表紙に使われているのはオーストラリアのバンド、AC/DCが1976年にリリースしたアルバム『悪事と地獄』(原題は“Dirty Deeds Done Dirt Cheap”)のジャケットで使われたコラージュだ。モーテルをバックに様々な人たちが写っていて、普通であればなんでもない写真なのに、みんなに目線が入るだけで意味合いがガラリと変わってしまう。アルバムの原題は「安い値段の汚れ仕事」で、この写真には黒い犬も写っている(本書では裏表紙にある)のだが、犬にだけ目線がない。パウエルはこのコラージュについて「彼らは奇妙な行為にふけっている。他の誰かの嗜好を満足させている。そして審判や、批判や、法律にさらされることを嫌がっている。彼らは詮索好きな視線からは安全な場所に身を置いている。だが、彼らは我々と関わりがないゆえに、好奇心をかきたてるのだ」と解説している。40年近く前の作品だが、現代のネット社会さえも感じさせるコンセプトだ。

 普段何の疑いもなく、見て、認識しているものに対して「果たしてそれは本当に正しいのか?」と物事を根本から問いかけ、そこにはいったいどんな意味があるのか…それを考えさせるのが、ヒプノシスのアートワークの特徴だ。パソコンもデジタルカメラもフォトショップもない時代に、アイデアと人力と手作業で作られた先鋭的なアートを、ぜひ本書で体感して欲しい。

文=成田全(ナリタタモツ)