犬は家族? 家畜? その扱いの変わりようとは

社会

公開日:2014/12/5

   

 「犬は家族の一員」

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 そう考える人は最近少なくない。私自身も生まれた時には“相棒”と呼べる飼い犬サムがいて、物心つくよりも前から一緒に遊んでいた。

 サムの犬種は、ディズニーのアニメ映画『101わんちゃん』で知られるダルメシアン。短毛で白地に黒の水玉模様がトレードマークだが、我が家のサムは水玉が極端に少なく、引き取り手がいないのをかわいそうに思った父が連れ帰ったと聞いている。

  ダルメシアンとしては“不良品”の烙印を押されたサムだが、健康そのものだった。家族の残飯やみそ汁ご飯も食べ、大病もせず老衰で静かにこの世を去った。人間の食べるものを餌にするのはタブーという現代からは考えにくいが、サムは何でも食べる元気な犬だった。

 ドッグフードの種類が増えていったのも、その頃からだったように覚えている。日本ではペットフード業界はここ半世紀ほどで劇的に発展を遂げた。犬の餌が進化するにつれて、その扱い方も手厚く変わっていった。

◆名前は適当、放し飼いも当たり前の時代

 『犬のはなし 古犬どら犬悪たれ犬』(日本ペンクラブ/角川書店)で描かれている時代は、ペットフードが飼い犬の主食になる以前のはなし。主に江戸から昭和までの時代に生きた著名な文筆家の犬にまつわる物語が描かれている。収録されているのは、童話から俳句、落語など実にさまざま。昔言葉で軽妙に綴られている。

 名前は、ポチ、チビ、シロ、クロ、アカ、ちょっと小洒落てエスなど。かつては殆どの犬が放し飼いで飼われていることが多く、発情期には行方不明になるし、近所の宅の犬とケンカはするし、狂犬病やフィラリアなどの伝染病でなくなったというはなしがたくさん出てくる。

 例えば、かの菊池寛は大正13年頃、初めて飼った犬が闘争性の強いブルテリアだったため、いつも近所の犬に向かっていったそうだ。また、飼い犬がケンカに行く時は給仕を連れ、負けそうになると相手の犬を棒で殴るという、今から考えるとめちゃくちゃな“応援”をしていたという。

 人間の残飯を気ままに与えていた時代だ。畜生、家畜、人畜と表され、「犬のほうがまし」などとかく犬を引合いに出した言葉にいい意味はない。それでも、飼い主を送り迎えしたり、一緒に多くの時間を過ごしたりしていて、管理こそゆるいけれど今とあまり変わらない。愛らしい犬の様子が目に浮かぶ。

◆パートナーとしての犬、その特徴など

 アメリカなど海外のはなしには、スリル満点の冒険ものも収録されている。波多野完治の「氷原を走る犬ぞり」の舞台はアラスカ。1925年冬、小さな町ノームにジフテリアが流行した。そこで極寒の猛吹雪の中、犬ぞりチームが昼夜ノンストップのリレーでつなぎ、血清移送を成し遂げたという歴史的偉業を伝えるはなしだ。

 悪天候の闇の中、頼れるのはリーダー犬だったという。今でこそ、エスキモー犬が自分で判断して氷の中を走るという性質はよく知られているが、アメリカのイヌイットの人々は当時からこの犬の特徴をふまえ、生活や仕事のパートナーとして信頼をおいていたことがわかる。

 人間がさまざまな交配をしてきた犬は、犬種ごとに特徴が異なる。それは長所だけではなく、遺伝的な疾患というような好ましくない面も受け継がれる。例えば、ダルメシアンなら聴覚障害を持っていることが多い。幸い、我が家のサムはとかく身体が丈夫で耳も健康だったけれども、アメリカの友人が飼っていたダルメシアンは難聴で、そのことを承知の上で飼っていた。

◆様変わりした日本のペット環境

 日本のペットビジネスは成長を続け、公園にはドッグラン、街角にもしつけ教室の看板が見られるようになり、ペット同伴の宿泊施設も増えた。ドッグフードも美味しくて栄養バランスのよいものが溢れ、平均寿命も延びたという。

 “家族の一員”と呼ばれ、犬を取り巻く環境は様変わりしたが、「犬のはなし」に登場する犬たちと飼い主の関係もいいなと思う。ちょっとぞんざいだし“家族の一員”とは違うけれども、犬と人間との関係を考えたとき、かえって新しさも覚えるのである。

文=松山ようこ