官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第68回】久我有加『少女漫画家は恋をする〜くっつきたいし甘えたい!〜』

公開日:2014/12/23

久我有加『少女漫画家は恋をする〜くっつきたいし甘えたい!〜』

 自分の憧れる恋を描く少女漫画家・優人(ゆうと)には、将来有望&超多忙な恋人がいる。なかなか会えないせいもあり、会えば必ず濃厚に愛されまくる優人だが、本当は、普通にいちゃいちゃしたりもしたいのだ。もっと会う時間があれば、エッチ以外のこともたくさんできるのに──優人の寂しさと不満は溜まる一方で!? 漫画みたいにうまくはいかないけれど、ふわふわでキラキラできゅんきゅんしちゃう恋、あります♪

 村越優人(むらこし ゆうと)はスマートフォンの画面を穴が開くほど凝視した。しかしどんなに見つめても、恋人からのメールは来ていない。着信もない。

「ちょっとゆうちゃん。ご飯食べてるときにスマホ見るのやめなさい。お行儀が悪いわよ」

 カウンターの中から声をかけてきたのは、上品な着物の上に割烹着を纏った女将だ。年の頃は四十代半ば。体はがっちりとした男性だが、中身は正真正銘の女性である。

 小料理屋『なごみ』はカウンター席のみの小さな店だ。女将の作るおふくろの味が人気で、いつ来ても誰かが飲み食いしている。出入りしている客のほとんどはゲイやトランスジェンダーだ。

「だって健太(けんた)君、全然メールくれないんだもん」

 既に半分ほど食べ終えた「本日の魚定食」――きのこがたっぷり入った炊き込みご飯、ぶりの照り焼き、里芋の煮物、ほうれん草のお浸し、豆腐の味噌汁、という夕飯を前に一旦箸を下ろした優人は、無意識のうちに口を尖らせた。健太君こと斎丸(さいまる)健太は、優人の恋人である。

 そうなの? と女将は眉をひそめた。健太とは『なごみ』で知り合ったので、女将も彼を知っているのだ。

「全然って、いつから連絡ないのよ」

「二日前」

「二日前ってことは、一昨日には連絡をくれたんでしょ。全然ってことないじゃない」

「そうだけど……、でも、もう十六日も会ってないんだよ。今日だってなごみで一緒に晩ご飯食べようってメールしたのに返信くれないし、書いといた時間すぎたのに来てくれないし……」

 一昨日は朝と晩にメールがきた。夜のメールには、明日から難しい工程に入るから、しばらく連絡できないと書いてあった。

 健太は大きな建設会社で働いている。今は公共工事である橋の建設に携わっており、優人より二つ年下の二十六歳という若さで現場監督として奮闘している。らしい。

 健太は自分の仕事のことをきちんと説明してくれる。しかし一度も会社勤めをしたことがない上に、完全な文系人間の優人には、いまいちよくわからない。いくら忙しくても休憩がないわけじゃないだろうし、夜はうちに帰ってるんだからメールのひとつぐらいできるだろ、と思ってしまう。

 優人の考えを察したらしく、女将はあきれた顔をした。

「あのねえ、仕事してる社会人だったら、繁忙期に連絡できないのはよくあることでしょ。あんただって締め切り前は、メールを打つ時間が惜しいときだってあるんじゃないの?」

 優人は高校在学中に「菖蒲池(あやめいけ)ちはる」というペンネームでデビューした少女漫画家だ。老舗の少女漫画雑誌『きらきら』で、三年前から連載を持っている。古き良き少女漫画を求める読者に人気があり、熱烈なファンもいてくれる。

「でも僕は締め切り前で忙しくても、一日一回はメールするよ」

「あんたはそうかもしれないけど、ケンちゃんは仕事に集中したいタイプなんでしょ」

「そうかもだけど……。でももっと会いたいんだもん……」

 うつむいてつぶやくと、女将は苦笑した。

「ゆうちゃんは恋愛体質だし、乙女だもんねえ。あんたの描いてる漫画そのもの。ふわふわでキラキラできゅんきゅんしちゃう」

「それは、僕の願望っていうか夢をつめ込んでるから……」

 少しぶっきらぼうだが優しい男の子。そんな彼に恋する、平凡だけど素直な女の子。こんな恋がしたいという、優人の憧れをそのまま反映している。

 優人の漫画の一場面を思い浮かべたのだろう、うっとりしていた女将だったが、急に我に返ったようにこちらを向いた。

「てかアンタたち、メールで連絡取り合ってるの? 今時珍しいわね」

「健太君、SNS全然やってないから」

 健太の携帯電話はいまだにガラケーだ。調べ物や仕事はパソコンで事足りるし、重くて大きくて充電が長持ちしないスマホはいらないという。しかし数ヶ月前、長い間使っていたガラケーの調子が悪くなったらしい。とうとうスマホにするのかと思ったら、なんと彼は新しいガラケーに替えてきた。我が道を行くところがかっこよくて好き、と惚れ直したことは秘密だ。

「あー、ぽい。ぽいわね!」

 女将はしきりに感心する。

「ケンちゃん、若いのに昭和の男って感じだもの。ゆうちゃんはケンちゃんのそういう硬派で昔っぽいとこが好きなのよね」

 

2013年9月女性による、女性のための
エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊

一徹さんを創刊イメージキャラクターとして、ルージュとブルーの2ラインで展開。大人の女性を満足させる、エロティックで読後感の良いエンターテインメント恋愛小説を提供します。

9月13日創刊 電子版も同時発売
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  • やがて恋を知る
  • ふったらどしゃぶり