【戦後70年を歩く】東京は世界でも指折りの「軍都」だった

社会

公開日:2015/1/2

 今は平和な日本だが、かつて日本には「軍」が存在し、日本各地にはたくさんの軍施設があった。もちろん東京にも数多くの施設があり、その面積は世界でも類を見ないほど広大であったという。

 コンサートなどが行われる日本武道館のある北の丸公園には近衛師団があり、イチョウ並木が有名な明治神宮外苑には青山練兵場が、国会議事堂の前にある公園の辺りには陸軍省と参謀本部、陸軍大臣官邸があった。また板橋・十条・赤羽・王子一帯には巨大な軍の工場や火薬庫があり、中野駅近くにはあの有名なスパイ養成学校の陸軍中野学校があった。

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 また六本木の東京ミッドタウンには陸軍第一師団歩兵第一連隊、新国立美術館には陸軍第一師団歩兵第三連隊、赤坂にあるTBS一帯には近衛歩兵第三連隊が駐屯していて、皇道派の青年将校たちに率いられた彼らが1936年に二・二六事件を起こしている。その直前に将校たちが謀略を巡らせたのが、赤坂のプルデンシャルタワー(元ホテルニュージャパン)が建っている場所にあった料亭「幸楽」(戦時中に撃墜されたB-29が墜落して直撃、焼失している)だった。その二・二六事件で暗殺された高橋是清の自宅は赤坂から至近にあり、現在は高橋是清翁記念公園となっている。

 第二次世界大戦が終わってから70年、現在も残っている建物などはとても少なくなってしまった。だが目を凝らせば、その痕跡はそこかしこに残っている。それは軍需品を運ぶための引き込み線の跡だったり、この先から軍の施設であるという境界を示した石や、往時を偲んで建てられた記念碑であったり、土塁の跡や土地の起伏だったりする。そうした場所を歩いて巡り、近現代史を体感できるのが『大軍都・東京を歩く』(黒田涼/朝日新聞出版)だ。

 本書は「千代田・丸の内」「赤坂・青山・芝」「外苑前・代々木」「水道橋・茗荷谷」「市ヶ谷・早稲田」「板橋・赤羽」「十条・王子」「池尻大橋・駒場・三軒茶屋」「築地・中野・本所深川」というエリアを解説した全9章からなり、掲載されている地図を見ながらルートを歩けば、軍都の痕跡を見つけることができる。ということで、本書を片手にいくつか遺構を訪ねてみた。

原宿駅と渋谷駅の間にある東京都立代々木公園、NHK、国立競技場、渋谷区役所、渋谷公会堂、神南小学校のあるエリア。坂の上の平らで静かな土地には、かつて広大な敷地を持つ「代々木練兵場」があった。

今はブランドショップが建ち並ぶオシャレな「表参道」だが、戦前や戦中は赤坂や六本木にあった駐屯地からやって来る兵隊が、軍歌を怒鳴りながら練兵場へ向かう道だったという。

代々木公園内には、この地で1910年に日本で初めての航空機による飛行に成功したことを記念した「日本航空発始之地記念碑」がある。こんな場所から飛行機が飛んでいた事実に驚く。

太平洋戦争の敗戦に納得できない右翼団体14人が、1945年8月25日に代々木練兵場で割腹自殺をしたことを慰霊する「自刃の碑」。代々木公園の西側、参宮橋門近くにある。

代々木公園内には、代々木練兵場で行われた観兵式で、明治天皇が傍らに立たれたという「閲兵式の松」が残っている。

二・二六事件後、捕えられた反乱将校たちが処刑されたのは、渋谷の公園通りを上がったところにあった「陸軍衛戍刑務所」だった。渋谷公会堂の裏にある渋谷税務署の一角に関係者を慰霊する像が建っている。

次に向かったのは、早稲田大学の横にある戸山公園だ。ここには射撃や剣術など歩兵のための教育を行う「陸軍戸山学校」があった。敷地内にあるひときわ高い箱根山の麓には「箱根山 陸軍戸山學校址」と刻まれた石碑がある。

現在は戸山幼稚園と戸山教会となっている建物の地下、石造りの重厚な部分は戸山学校時代の「将校集会施設」だったそうだ。上は教会となっていて、建物のてっぺんには十字架がある。

軍学を教える学校でもあった陸軍戸山学校。この円形の遺構は、彼らによって軍歌が演奏されていた場所である「野外音楽堂」の跡だ。

陸軍戸山学校には射撃場があった。今は静かな住宅街だが、一直線に伸びた北側の崖(写真右側)がその痕跡だ。西側の端(写真奥)には高いコンクリート壁があり、この壁に向かって射撃訓練をしていたという。この壁の向こう側には明治通りが走っている。

早稲田大学理工学部や戸山公園大久保地区のある長方形をした土地も明治時代から射撃場として使われていた。1928年にはカマボコのようなドーム状のコンクリート屋根に覆われた300mもの長さの射撃場がいくつも完成し、異様な風景だったという。

 普段は何気なく通り過ぎている場所に、歩くことで気づける軍の遺構が今も残っていることがわかっていただけただろうか。本書にはこれ以外にも多くの軍の遺構が紹介されている。

 建物や道は年を経るごとに変わっていくが、土地に刻まれた歴史というのは完全に消し去ることはできない。2015年は戦後70年の節目だ。本書を参考に明治~昭和にかけて「帝都」と呼ばれた東京を歩いて、戦争の時代と地続きである現代を見つめ直すいい機会ではないだろうか。

写真・文=成田全(ナリタタモツ)