菅原文太は器用な役者 喜劇「トラック野郎」が成功した理由

映画

更新日:2015/1/28

  昨年、11月28日にこの世を去った俳優・菅原文太。菅原といえば実録ヤクザ映画の金字塔「仁義なき戦い」シリーズを思い浮かべる方が多いだろうが、忘れてはいけないのはもう一つの代表作「トラック野郎」シリーズの存在だ。喧嘩っ早いが根は純情、恋に落ちれば一直線のトラック運転手・星桃次郎を菅原が演じたこのシリーズは1975年の第1作「トラック野郎 御意見無用」を皮切りに全10作が製作され、デコトラブームを築き上げた。人情溢れる桃次郎と、愛川欽也演じる桃次郎の友、“やもめのジョナサン”こと松下金造の掛け合いは多くのトラック野郎たちに愛され、未だにその人気は根強い。

 出版物でもトラック専門誌『カミオン』2月号(芸文社)や『トラックスピリッツ』2月号(交通タイムス社)といった雑誌が追悼企画を組み、デコトラ運転手たちの注目を集めたが、「トラック野郎」シリーズのことを知りたいのなら、故・鈴木則文監督の『トラック野郎風雲録』(国書刊行会)と『新・トラック野郎風雲録』(筑摩書房)の2冊に目を通すことをお薦めする。鈴木は「トラック野郎」シリーズをはじめ、『緋牡丹博徒 一宿一飯』『温泉みすず芸者』『ドカベン』など、アクションから時代劇、ポルノまで幅広く娯楽映画を撮り続けた東映のヒットメーカーである。奇しくも鈴木は菅原と同様、2014年に亡くなっている。

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 撮影当時の秘話や裏話を綴ったエッセイ集であるこの2冊を推す理由は、菅原文太について誰もが気になる事にズバリ解答を与えてくれるからである。つまり「仁義なき戦い」シリーズで強面のやくざのイメージを定着させた菅原が、なぜ喜劇性の強いキャラクターを演じて成功したか、という疑問である。

 俳優としての菅原について鈴木は『トラック野郎風雲録』のなかでこう述べる。

 「『仁義なき戦い』のコワモテの広島やくざ広能昌三から一転して『トラック野郎』の星桃次郎の喜劇演技への転換に驚かされたと多くのファンに言われたが、映画俳優菅原文太というカテゴリー(範疇)で考えられる限り何も驚くことはないのだ。彼の演技は極めて人間くさい感性と生命感が主体である。喜怒哀楽のメリハリがはっきりとしていて虚飾(いわゆるスター演技)を剥ぎとったストレートパンチであるから、生々しい人間性むき出しの人物像ならどんな役でも演じられるのだ。」

 鈴木は菅原の根底にある「感情を飾らない」部分を感じ取り、実は器用な面を持ち合わせた役者であることを看破していた。だからこそ鈴木は安心して菅原に桃次郎の役を任せることができたのだ。

 だが、菅原と「トラック野郎」を強く結びつけたのは単なる俳優としての資質だけではないだろう。『新・トラック野郎風雲録』で鈴木は東日本大震災における政府の欺瞞や対応に怒りを露わにし、被災地である石巻で被災者を励ますために「トラック野郎上映会」が開催されたことにこの上ない喜びを示す。こうした弱者への視線は晩年、被災地支援や戦争反対を掲げて政治活動にこだわった菅原の姿と重なって見える。庶民への思いという点で、鈴木と菅原の芯にあるものは共通していたのだ。

 その鈴木も菅原も、もうこの世にはいない。しかし、彼ら二人の作り上げた「トラック野郎」シリーズに込められた熱き魂を胸に、今日も日本全土の街道を走り続けるドライバーが夜の闇をデコトラのネオンで明るく照らし出す。

文=若林踏