ペナント奪回の切り札、マウンドの虎・江夏豊の「善と悪」

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/21

球団創設80周年を迎える阪神タイガースに、伝説の左腕が帰ってくる。背番号28・江夏豊、66歳。2月1日から行われるキャンプで、江夏氏は臨時コーチとしてグラウンドに立つ。

プロ生活18年の通算成績は206勝193セーブ。延長11回を投げ抜いてのノーヒットノーラン達成、シーズン401奪三振の日本記録、オールスター戦での9連続奪三振など、数えきれない。「江夏の21球」や、日本人初の大リーグ挑戦者という鮮烈な記憶。

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1960年代後半~80年代前半の日本のプロ野球界で輝きを放ち続けた男は、けれど引退後の1993年3月3日、覚醒剤所持の現行犯で逮捕され、懲役2年4か月の実刑を受けた。

80周年の節目に、暗い過去と黒いイメージを持つ江夏氏を、それでも阪神タイガースが必要とした理由はどこにあるのだろうか? 自らを「罪を犯した人間」と言う江夏氏が、なぜ臨時コーチの任を請けたのか? 『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』(江夏豊、松永多佳倫/KADOKAWA)に、その答えがあった。

現役時代、輝かしい結果を常に出しながら、その傲岸不遜な言葉や態度のせいで、江夏氏は「アウトロー」として注目を浴びた。

だが、陰では人一倍練習をこなし、人との出会いを大切にする江夏氏は、現役時代からコーチとしての手腕を発揮していた。

広島カープ時代には、大野豊選手を監督から預かり、二人三脚で練習を重ねた。やがて大野氏は、球界一のストッパーに成長するが、江夏氏は「一緒に野球をやっただけ」「道案内しただけ」だと言う。

「頭から押さえつけるじゃなしに、こういう選択もあるよ(中略)と言ってあげる部分と、ここはこうしなくてはダメだと矯正してあげる部分がある」とサポートはしても、その先の努力や決断は本人のものなのだと。

1993年に日本ハムの春季キャンプの臨時コーチとなった時は、武田一浩投手と西崎幸広投手を受け持った。以前より知った間柄だった武田氏には「ガンガン言って」、繊細な西崎氏には「きつく言うとシュンとなるからおだてて」鍛えた。

かつてアウトローとして監督たちと確執を生み、キャリア晩年には「生活権を奪われた」苦い過去を持つ江夏氏は、野球という人生を生きる後輩たちへの、細やかな配慮を欠かさないのだろう。

実際、武田氏は4勝から10勝、西崎氏は6勝から11勝と前年度より成績を上げた。

だからこそ、春季キャンプ直後の江夏氏の覚醒剤所持による逮捕は、球界に衝撃を与えた。

本書の共著者である松永氏は「なぜ事件を起こしたのか」について、江夏氏に質問を投げかけている。

残念ながら、江夏氏の口から明確な答えは語られていない。ただ、当時を振り返り、江夏氏は言う。

「一番声を大にして言いたいのは人間失敗しても更生できるんだよ。(中略)頑張ればすべてが変わるわけじゃなく傷が残るけど、でも償うことは出来るんだよ」

そして、江夏氏は、過ちを犯した自分を支えてくれた多くの人たちの気持ちを、強く受け止めている。

「だからこそ、その人たちを絶対に裏切ってはいけないんだ」

失敗の上に立つ今の自分から目を逸らさず、精一杯生きること──江夏氏の言葉から強い決意が伝わってくる。

現役時代の猛るメンタリティー。解説者として評価の高い、明晰で的確な分析力。選手時代の数々の経験。そこに、周囲の人への「気配り」をプラスした「今の江夏氏」に阪神タイガースが求めるもの。それは、投球術やメンタリティーだけではない。

「人生として野球をやりたい」という江夏氏の生き様すべてなのだと、思う。

間もなくキャンプが始まる。その瞬間は、迫っている。

文=水陶マコト

■『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』(江夏豊、松永多佳倫/KADOKAWA メディアファクトリー)