官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第73回】三津留ゆう『お嬢様小説家のキケンな同居生活~過保護執事に愛されて~』

公開日:2015/2/3

三津留ゆう『お嬢様小説家のキケンな同居生活~過保護執事に愛されて~』

 「僭越ながら、お嬢様にはすべて私がお教えいたします。無論ベッドの中のことも」無垢で初心な体は、年上眼鏡で慇懃な執事に隅から隅まで知られ、丁寧に手ほどきされて大人になってゆく――。筋金入りの箱入りお嬢様である私・明乃は、外の世界に憧れて小説家デビューし、今日から念願の一人暮らし。担当編集さんには「一人暮らしなのに執事も一緒!?」と驚かれたけれど、久我城は子供の頃から私に仕えてきた大事な執事。でも、二人きりで過ごしたら、彼も男性だと意識してしまって…!? 愛されすぎる極上ロマンチックラブ!

 生まれ育った屋敷の窓から見えるのは、ただ広い空と、見渡す限りのよく手入れされた庭園だけで、そのことが別段変わっているとも思わなかった。

 でも……。

「今のお部屋の窓からは、お隣のお宅が見えるんですよ。驚きました!」

 窓際で携帯電話を片手に、つい興奮して声が大きくなってしまう。

『あのねえ、明乃(あけの)ちゃん。それ、庶民にとっては普通だから』

 電話の向こうでおかしそうに笑っているのは、私の担当編集者である早瀬(はやせ)さん。三十二歳と若いのに、なぜかバブルの残り香がある人だ。

「私にとっては特別です。この距離なら、憧れのシチュエーション──お隣に住む幼馴染のお兄ちゃんとの恋も、全然夢じゃありません!」

『だからね、今引越してきてる時点で、幼馴染ってところから無理でしょ? 諦めて、俺にしときなって』

 早瀬さんの笑う声に、私は受話口に耳を当てたまま、ぷうっと頬を膨らませた。甘い顔立ちに甘い声、いつでも小洒落たスーツを着ている早瀬さんは、黙っていればきっとモテるだろう。なのに振られてばかりいるのは、女の子と見れば片っ端から口説いているからだ。

 いつもならここで、「からかうのはやめてください」と文句のひとつも言うところだけど、今日はさすがに違っていた。

 憧れの、ひとり暮らしを始めたのだ。

 私はうっとりとため息をついて窓から離れ、屋敷から運んできたチェアへと深く腰掛けた。長く伸ばした栗色の髪が、ふわりと揺れて肩に落ちる。お気に入りの家具は、エレガントなアイボリーのデスクチェア、ソファやドレッサー、スツールに、天蓋つきのベッドに至るまで全部がお揃いのロココ調だ。

『引越、今日だったんだよな。男手がないと、大変なことも多いだろ? 手伝いに行こうか?』

 新しい生活に、気持ちが弾んでいるからだろうか。受話器から聞こえる早瀬さんの声も、心なしか楽しげに聞こえた。

 けれども私は、ふるふると首を振る。

「いいえ、けっこうです」

 だって今朝、家を出てくるときに、おおげさに涙をこらえるお父様に懇願されたのだ。「いいかい、明乃。男を部屋に上げてはいけないよ。男は狼、おまえみたいな可愛い娘は、ぺろりと喰われてしまうんだから」。

 恋愛だってしてみたいから家を出るのだなんて、とてもじゃないけど言えるような雰囲気ではない。

 そうは言っても、私も今年で二十四歳。私だって、誰かのためになる仕事をしたい。もっと自由に外に出て、恋愛もしてみたい。

 そう思って、お屋敷の中でこっそりとできる唯一のこと──小説を書き始めたのが、一年と少し前の話。書き上げた恋愛小説を、新人賞に投稿したのだ。

 憧れのオフィスラブを書いたその作品は、幸運にもある文学賞を受賞した。発表直後から「女の子の理想の恋だ」と話題になり、処女本は重版に次ぐ重版、信じられないことに、映画化の話まである。

『遠慮すんなって。あ、あれだよ、下心とかないよ? 編集者として、担当してる作家のケアは当然だからな』

「お気遣いありがとうございます。でも、本当に大丈夫です。久我城(くがじょう)もおりますし」

 私は傍らに立つ、久我城玲(れい)の顔を見上げた。

 クラシカルなフロック・コートに身を包んだ久我城は、眼鏡の向こうの穏やかな瞳を、笑うかたちにたわませる。幼いころから、ずっと側にあった笑顔だ。

『え、久我城くんも連れてきたの?』

 驚いたような声を上げる早瀬さんに、私は目を瞬いた。

「ええ……それが何か?」

『明乃ちゃん、ひとり暮らしするんだって言ってなかったっけ』

「はい、そうですが?」

 私よりも五歳年上の久我城は、いつも半歩後ろで私のことを見守ってくれていた。

 久我城は背がすらりと高く、手足だって優美に長い。銀縁の眼鏡と相まって、涼やかな顔立ちは、向かい合う人に知性を感じさせる。

 そんな彼をお父様も気に入っていて、「会社を継がないか」とことあるごとに持ちかけているようだけれど、久我城にその気はないらしい。「私は明乃様の執事ですから」と、お父様の誘いをかわし続けているという。

 

2013年9月女性による、女性のための
エロティックな恋愛小説レーベルフルール{fleur}創刊

一徹さんを創刊イメージキャラクターとして、ルージュとブルーの2ラインで展開。大人の女性を満足させる、エロティックで読後感の良いエンターテインメント恋愛小説を提供します。

9月13日創刊 電子版も同時発売
  • 欲ばりな首すじ
  • 艶蜜花サーカス
  • やがて恋を知る
  • ふったらどしゃぶり