あっても困る、でもないともっと困る…奥深き「摩擦」の不思議!

科学

更新日:2015/2/23

 人が歩こうとするとき、「摩擦」がないと一歩も前に進むことができない、ということを知っているだろうか。「えっ、本当?」と思った人は、『摩擦のしわざ』(田中幸、結城千代子:著、西岡千晶:イラスト/太郎次郎社エディタス)を読んでみるといい。

 人が歩こうとするとき、まず片方の足を前へ出す。それと同時に、踏み出さなかった方の足は進みたい方向とは逆の方向へ(前に進む場合は後ろへ向けて)力を込めて地面を蹴っている。この蹴る力を得るには、地面と靴底の間に摩擦が必要で、これがまったくないとツルンツルンと滑るばかりでいつまでたっても前には進めない。もしこの世に摩擦がなければ、人間は一歩も動くことができないのだ。

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 それに近い状態を体感しようと思ったら、靴下で滑りやすい床の上を歩いてみてほしい。足がツルツル滑ってしまって、普段通りに歩くことができないだろう。さらに滑るといえば雪や氷の上だ。「滑るかもしれない」と思いながらおっかなびっくり踏み出したら、蹴る方の足がツルッと滑り、踏み出した足を地面につけて踏ん張ろうとしたらそれもズルッと滑って無様に転んでしまう、なんてことになりかねない。かように摩擦とは大事なものなのだ。

 しかし意外なことに、その雪や氷の上でスキーやスケートがなぜ滑るのかという理論はまだ確立されていないんだそうだ。これまではスキー板やスケート靴のブレードが接触した面の雪や氷が溶けて水になり、その潤滑作用によって滑ると考えられてきた(氷が溶けるのは「圧力」と「摩擦熱」という2つの説がある)。ただ余計な水は邪魔になるので、スキー板には濡れにくい素材を使用したり、ワックスなどを塗ったり、接地面に溝を作って排水する機能を取り入れて滑りやすくしているという。

 しかし滑っている最中に接地面がどんな状態になっているのかを観察することができないので、「なぜ滑るのか?」の詳しいことは今もわからないそうだ。さらには氷は溶けなくても滑るほど摩擦係数が低く、雪に至っては流体とも固体ともいえない「粉体」という特殊な状態であることが話をややこしくしているそうなのだが、理論はともかく、スキーやスケートが「滑ること」には変わりない。そこには「摩擦の力」が関係しているのだ。

 滑り台などを滑ると接触している部分が熱くなることからもわかるように、摩擦は熱を生む。これは普段ブルブルと振動している原子が、擦れることでさらにブルブルして熱を発生させることが原因だ。このように物体が動くと必ず生じる摩擦は、余計な熱が生まれる、擦れて動きが鈍くなる、摩耗するなど邪魔なことが多いような気がするが、火を起こすのに必要な摩擦熱がなければ人間は進化できなかったはずだし、こすって音が出る弦楽器が誕生しなければ音楽も生まれなかったかもしれない。キレイな宝石も磨かなければ光らないし、摩擦があるから車輪が動き、ブレーキもかけられるのだ。

 本書は摩擦に関する様々な謎がどのように解明されてきたのか、レオナルド・ダ・ヴィンチや寺田寅彦、オイラーなど様々な研究者たちの功績などとともに丁寧に紐解き、摩擦とはいったいどんな現象なのかを解き明かしていく。ちなみにこの本は「ワンダー・ラボラトリ」というシリーズの第3弾で、これまでに原子の謎に迫る『粒でできた世界』、あるのが当たり前だが実はよく知らない空気について教えてくれる『空気は踊る』がある。次は『泡は気になる』という本が出るそうだが、このシリーズは理論などがわかりやすく説明されているので、理系が苦手な人でも、また子どもでも楽しく理解できる。

 あっても困る、でもないともっと困る。奥深き「摩擦」の不思議を探求してみてはどうだろうか。

文=成田全(ナリタタモツ)