3月14日に開通する「北陸新幹線」で行ける、日本海側の素敵な話 『裏が、幸せ。』酒井順子インタビュー

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/21

2015年3月14日、東京と金沢を最速2時間28分で結ぶ「北陸新幹線」が開業する。構想から半世紀、同じ太平洋側から日本海側へと開通した新幹線の中で一番早く開業した上越新幹線から遅れること33年、ついに北陸の日本海沿いを新幹線が走ることになる。

この北陸新幹線開業を喜んでいるのが『女子と鉄道』の著書であり、鉄道好きとして知られるエッセイストの酒井順子さんだ。

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「日本海側って、太平洋側から距離は近いのに、行くのが大変で、悪天候などで電車が遅れたり止まったりするし、飛行機は帰ってくることもある。また、山を越えないと行けないということが、心理的距離を長くしていたというのもあるんですよね。でも新幹線が通っている場所というのは、乗り換えをしないでそこまで行けるという、“陣地”のような感覚が生まれるんです」

その北陸新幹線で行ける、日本海側の地が持つ魅力を伝えるエッセイ『裏が、幸せ。』を上梓した酒井さん。あえて日本海側の地を「裏」ということについて、酒井さんは本書の中でこう説明している。

 それらの地域は、以前であれば「裏日本」と言われた場所です。表日本が太平洋側とした時の、それは裏日本。「裏」という言い方が不快感を与えるということで、今は使用されない言葉になっています。

 しかし私は、日本海側において感動した光景の数々は、「裏」であるからこそ残ったのではないかと思ったのです。してみると、裏日本という言葉からにじみ出るのは、えもいわれぬ魅力。万人に開かれた「表」がもはやスレきった土地となった今、裏原宿にしろ裏磐梯にしろ、「裏」のつく場所は、人に「何があるのだろうか」と思わせます。人知れず素晴らしいものが隠されているのが裏、という気がしてならないのです。

「裏」には、思いもよらなかったものを自分で見つけていく楽しさがある

「裏」に酒井さんが興味を持ったのは、三島由紀夫が『金閣寺』で、水上勉が『五番町夕霧楼』で題材とした「金閣寺焼失事件」について論じた『金閣寺の燃やし方』の取材で訪れたことだという。

「金閣寺に放火した犯人が生まれた、舞鶴市の成生へ行ったんです。そこは若狭湾に突き出した岬なんですが、ものすごい絶景だったんですよ。関東の人間からすると、そこが観光地になっていないのが変だと思うくらいの。でもそこには自然しかなくて、人もいないし、人工物も何もないんです。これは日本の中でとても稀有な場所だなと思ったのが、裏に興味を持ったきっかけでした」

本書では金沢の金箔や能登の漆に代表される工芸品、鳥取に今も息づく民藝の影響、流刑地となった佐渡や隠岐に残る文化、仏教や神道などの影響、まだあまり知られていない美味しい食べ物や丁寧に作られた製品、表から山を越え裏の雪景色を車窓から眺める旅など、裏だったからこそ残った、「控えめだけれど、豊かで強靭」な魅力が語られる。また表紙の日本海側から見た日本地図に、新鮮な驚きを感じる人も多いことだろう。

「裏には、それぞれの方が興味のある分野を自分で見つけていく楽しさがあると思うんです。私は顔を隠して踊る、西馬音内の盆踊りにとても驚きました。そういう、思いもよらなかった“裏文化”に出会うことができる楽しさがあるんです。そして日本海側の食べ物って美味しいんだろうな、とは思ってるけど、具体的に知らないものなんですよね。エビとかカニとか種類もたくさんありますし…大変ですよね(笑)」

酒井さんが驚いたという、秋田県羽後町で行われる西馬音内の盆踊り。笠や頭巾をかぶってかがり火を囲むようにして踊るというものだが、中でも変わっているのが頭巾だ。目のところに2つの穴が開いていて、おでこのところを手ぬぐいなどで縛り、すっぽりとかぶった頭巾の前後は胸元辺りまで垂れているので首筋も見えず、祭が盛り上がってくる夜には年齡や性別も判然としなくなってくるという。裏日本には、こうした古くから伝わる文化や伝統などが色濃く残っている。

  • 酒井順子

「裏には古い時代のものが残っている。それが建物などよりも人間の中に地方性が残っている、というのがとても面白いですよね」

 また「裏」といって思い出す小説といえば、川端康成の『雪国』だ。あの有名な「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」という書き出しは、現代からするとのどかなローカル線のイメージがあるが、酒井さんによると、この小説が描かれた当時と今の新幹線が開通する現在の状況はとても似ているという。

「冒頭で描かれているトンネルは、群馬県と新潟県の境に昭和6年に出来た清水トンネルで、昭和の初めに書かれた『雪国』はその新しい路線を抜けて行くという物語なんです。北陸新幹線が開通する今の状況と似ているんですよ。新しい交通手段によって東京との距離が近くなったことで、新しい不倫、が生まれたわけです。ということは、新幹線が金沢まで行くことによって新しい不倫、というか新しい恋や新しい物語が生まれる、ということもあるかもしれないですね(笑)」

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