今こそ『知日』を知る! なぜ日本文化を紹介する中国の雑誌が面白いのか?

文芸・カルチャー

更新日:2015/3/13

●中国人による中国人のための日本文化の雑誌

 日本のテレビや新聞、雑誌などがニュースとして伝えるなど、いま注目を集めている中国の雑誌『知日』。その名もズバリ「日本のことを知る」という意味を持つこの雑誌は、日本を知りたいという中国の若者たちに支持されているという。その魅力を日本へ伝える『知日 なぜ中国人は、日本が好きなのか!』(毛丹青、蘇静、馬仕睿/潮出版社)では、特集された内容の紹介や関係者へのインタビューなどから「なぜ支持されているのか?」に迫っている。

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 2011年1月、中国・北京で創刊された『知日』は、中国人編集スタッフによって中国人読者のために作られているが、その内容は日本の文化やライフスタイルを紹介することだけに特化している。しかも取り上げるのは、これまで日本とイコールのように思い浮かべられてきた「禅」や「武士道」といったテーマばかりではなく、「制服」「明治維新」「断捨離」「日本料理」「森ガール」「鉄道」といった様々な日本のカルチャーであり、「こんなこと、こんなところまで知ろうとしているのか」と日本人が驚くほど深いところまで掘り下げた内容になっている。

 この『知日』は同人誌ではなく、売上げによって収益を出すビジネスとして成り立っている。その証拠に「猫」を特集した号や、表紙に「ゴゴゴゴ…」と『ジョジョの奇妙な冒険』の擬音を使ったデザインが目を引く「漫画が超好き!」の特集号は、なんと12万部という驚異的な売上げを記録したそうだ。

 日本で「かご猫」として有名になった猫・シロは、どことなくおじさんっぽい姿態から中国で「猫叔」(ねこおじ)と呼ばれ、圧倒的な知名度を誇ることから表紙となったという。

 藤子・F・不二雄や荒木飛呂彦ら有名作家の作品歴、井上雄彦へのインタビューなどを掲載。また寺田克也氏らによる短編漫画を掲載するため、約半分を日本の漫画雑誌と同じ右開きにしたそうだ。

●ずっとテーマが尽きることがない「日本」の特異性

 『知日』は、現在同誌の主筆を務める神戸国際大学の毛丹青(マオ・チンタン)教授が日本の魅力を紹介した『にっぽん虫の眼紀行』(毛丹青/法蔵館)に感銘を受けた青年が、「いま中国には、日本の小説やファッション、音楽、アニメなどが数多く入ってきているが、全体を文化として紹介するものがない。そんな雑誌を一緒につくりませんか」と誘ったことから始まったという。その青年が『知日』編集長の蘇静(ス・ジン)氏だ。

 創刊号で特集されたのは、画家・彫刻家の奈良美智。しかし当時の中国で奈良を知る人はほとんどおらず、画集さえもなかった状態だったという。

 蘇編集長が「読者の好奇心をそそることができた」という創刊号。中国版ツイッター『微博』を活用してプロモーションが行われるなど、新しい試みも功を奏したそうだ。

 中国で有名ではない人物を敢えて取り上げた理由について、蘇編集長は「奈良美智は、一人、創作の世界にこもり、より個人的な存在のイメージ」であり「内面世界を静かに追求している姿が『知日』読者の志向に合うと思えた」とインタビューで語っている。これは社会からのデタッチメントを描いてきた作家・村上春樹の作品が中国でベストセラーとなっていることとリンクする。

 また少年時代から日本の漫画に親しみ、日本の出版物に強い影響を受けているというアートディレクターの馬仕睿(マ・シルイ)氏よる洗練されたデザインにも注目が集まっている。

「妖怪」という漢字を分裂させて妖怪化したビジュアルを使った表紙。蘇編集長が特にお気に入りだという。

 蘇編集長は創刊時、アメリカなど各国の文化を知る雑誌をシリーズ化しようと考えたそうだが、アメリカのカルチャーはグローバル化しすぎて特徴があまりないこと、その他の国では1、2号出して終わってしまうかもしれないと感じたという。しかし日本だけはずっとテーマが尽きることがないことから、『知日』を定期刊行物にしたと語っている。

●お互いを知ることは「智慧」につながる

 毛氏は本書の「序にかえて 『知日』という希望の扉」で、「私は、中国の若者が日本を知ることは、『智慧』につながると考えています」と語っていて、『知日』を縦に並べると「智」という漢字になり、日本人の暮らしぶりを通してその思想を知ることは、政治や経済関係だけでは得られない智慧をもたらすメッセージが込められていると記している。また蘇編集長はインタビューで、創刊時に『知日』というタイトルがすぐ思い浮かび、何の迷いもなかったと発言していて、「相手のことをよく『知』れば、人には自然にリスペクトする態度が生まれ、過激な行動には走らなくなる。そういう意味で、『知る』プラットフォームを作り、育てていくことは、意義あることだと思っています」と語っている。

 反響が大きかったという特集「日本人に礼儀を学ぶ」。『知日』読者からのコメントには、日本人に敬意を払っていることが感じられるという。

 今から約2500年前、春秋時代に書かれた孫子の『兵法』には「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という言葉がある。これは戦だけではなく、様々な場面で有用な言葉だ。しかし毛氏は、本書の中で行われている神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏との対談で、日本では中国のことを知るというと孔子や孟子や『論語』で、新しくても『三国志』止まり、現代のリアリティーを持った中国文化とは何かを知ろうともしない、と指摘している。それを受けて内田氏は、隣国の文化を知ろうとしない日本は「危機的なまでに非対称的な文化状況」であり、「こんなことを続けていれば、日本に未来はないです」と発言している。

 ノーベル文学賞受賞者である作家の莫言氏は、本書に寄稿した『北海道の人々』という文章で「もし誰もが人より抜きん出ようとし、華々しい活躍を願い、平凡な仕事を避けようとするなら、この世は安寧を失うだろう」と記している。本書からは、反日を叫ぶ人ばかりではなく、中国には「知日」の人たちが数多く存在し、現代の中国文化を知る「知中」が求められていることがひしひしと伝わってくる。正しく相手を知ることは、自分の力にも、そして相手の力にもなるのだから。

文=古田周擴(フルタチカヒロ)

『知日 なぜ中国人は、日本が好きなのか!』(毛丹青、蘇静、馬仕睿/潮出版社)