[カープ小説]鯉心(こいごころ) 【第一話】「ちさとちゃん、何でカープ好きなの?」

スポーツ

更新日:2015/4/24

カープ小説

◆◆【第一話】「ちさとちゃん、何でカープ好きなの?」◆◆
 

【あらすじ】
文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子を題材にした小説を連載することになったフリー編集者の美里。熱狂的カープファンのちさとに出会い、これまでの人生で縁のなかったプロ野球の世界に入り込んで行く。2015年カープと共に戦うアラサー女子たちの未来は果たして…?

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「カープ好きな子って、不思議と名前のイニシャルがCの子が多いんですよ!」

まるで世紀の大発見をしたかのように目を輝かせながら、ちさとが言った。

「私の周りだけでも、ちあきちゃんとか、ちかこちゃんとか、ちえちゃんとか…  あ、この前宮崎のキャンプでたまたま知り合った子もちひろちゃんだったし」

美里は「たまたまでしょっ!」と心の中で突っ込みながらも、へえという顔で聞いていた。

「アルファベットのCをモチーフにしたアクセサリーって少ないんですけど、友達にスマホケース作ってるデザイナーの子がいて、この前その話をしたらこんなの作ってくれて」

ちさとは悪戯っぽく笑いながらテーブルに置いていたiPhoneを手に取り、小さな花のモチーフが何個も連なりアルファベットの「C」が描かれたスマホケースを美里に見せた。そのiPhoneはさっきから、テーブルの上で何度も鳴っている。ちさとはiPhoneが鳴る度にチラリと目を移して少しはにかみ、そして何事もなかったかのように会話を続ける。

「あの、さっきからすごい鳴ってるけど、大丈夫?」美里は尋ねた。

「あ、はい。これ、カープ仲間のLINEグループで。今ちょうどオープン戦やってるので、試合見てる子がさっきから実況中継してくれてて。いつもこんな感じなんです」
「はぁ…」

野球に興味がない美里には、そのLINEグループでそんな活発に一体どんな会話が交わされているのか見当もつかない。美里はそもそも、LINEで交わされるライトなコミュニケーションが苦手だ。招待されて仕方なく入った高校の同級生たちとのLINEのグループも通知をオフにしている。

「あ、すみません、ちょっとメール一通だけ…」視線をiPhoneの画面に落としたまま、ちさとが言った。

「どうぞどうぞ。気にしないで」

美里は、テーブルの向かいでメールを打つちさとをマジマジと見つめた。

ほのかにオレンジ色の健康的なチークに、柔らかなチェリーブラウン色をしたセミロングの髪。ふんわりとしたオフホワイトのニットの首元で、華奢で繊細なゴールドのネックレスが光っている。右手の中指、それから左手の親指と小指にも、シンプルな細いゴールドのリング。ちさとの白く細い指によく似合う。ジュエリーショップで働いていると話していたから、きっと自分のショップのものなのだろう。両手の爪にはそれぞれの指に異なるネイルアートが施され、左手の親指には真っ赤なネイルに「15」と白いペイントが施されている。それがカープに関連する何かであることは、美里にも何となくわかった。

二人がいるのは、外苑前交差点の角にあるカフェの二階。ちょうど一週間前の水曜日、二人はここで出会った。

「美里さんは土日休みですか?」

ちさとの声で、美里はハッと顔を上げる。

「いや、フリーなので、まちまちなんです。土日も大体、何かしら仕事してるかなあ。ちさとちゃんは?」
「私もシフト制なので、まちまちです。野球のシーズン中は、こっちでカープの試合がある日はなるべく仕事を入れないようにしてるんですけど」

話題が変わっても一瞬でカープの話に戻る。まるでブーメランだ、と美里はもはや感心していた。

「実は会社と交渉して、今年はシフトを減らしてもらったんです。今年はカープを本気で応援しないと絶対後悔する!と思って」

趣味のために仕事を減らすなんて、今の美里には考えられない。すごいなあ、と素直に思った。

「あの、私野球はよくわからないんだけど… ちさとちゃんは、その、何でカープが好きなの?」

美里が素朴な疑問を尋ねると、ちさとは目を見開いて、真剣な顔で話しはじめた。

「何でカープ好きなのって、よく聞かれるんですけど、ただ好きだから、としか言いようがないなぁと思っていて。もちろんカープのいいところはいくらでも挙げられるんですけど。私の場合は両親がカープファンだったので、小さい頃から生活の中に当たり前にカープがあって…」
「そっかあ… そうだよね」

野暮なこと聞いちゃったかなぁ、と、美里は少し後悔した。
同時に、そこまで好きなものがあるちさとを少し羨ましくも思った。

ただ好きだから、好き。
自分には、そう言える何かがあるだろうか。

「美里さん、私そろそろ行かなきゃ…」
「あ、そうだよね。うん、私も出ます」

美里が時計を確認すると、3時を少し過ぎていた。二人は上着を着て店を出て、店の前で別れた。

「ありがとうございました。楽しかったです!」
「うん、こちらこそ。また連絡しますね」
「はーい!お待ちしてますね!」

ちさとが小走りで横断歩道を渡る後ろ姿を少し見た後、美里は鞄から取り出したマフラーを首に巻き、青山通りを表参道方面へと歩いた。

3月半ばの東京はまだ肌寒いけど、通りに立ち並ぶショップのショーウィンドウはすっかり春服でコーディネートされている。もう春かあ、早いなあ… 少し焦りを感じた後、美里は歩きながら「よし!」と自分に気合いを入れ、足早に表参道の駅へと向かった。帰ったら早速仕事だ。ダラダラしてる時間はない。

春はもう、すぐそこまで来てるんだから。

(第二話に続く)

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イラスト=モーセル
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【第二話】「か、カープ女子…?」