[カープ小説]鯉心 【第三話】「いざ、広島へ出陣!」

スポーツ

更新日:2015/4/24

カープ小説

◆◆【第三話】「いざ、広島へ出陣!」◆◆
 

【あらすじ】
文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子を題材にした小説を連載することになったフリー編集者の美里。熱狂的カープファンのちさとに出会い、これまでの人生で縁のなかったプロ野球の世界に入り込んで行く。2015年カープと共に戦うアラサー女子たちの未来は果たして…?

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「オープン戦、最下位だったんですよねぇ…」

子供の成績を心配する母親のような口調で、ちさとが言った。

「まぁでも、友達が昨日ツイッターで、これまで24年間オープン戦よくても優勝できなかったじゃないか!って言ってて、それは確かに!って思ったんですけどね。カープファンは自虐体質なんですよー。あはは」

文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子の小説を連載することになった美里。ちさとに会うのは、今日が3度目になる。

小説を書くことになったのは良いものの、美里は別にカープファンでもなければ野球に興味もない。選手名鑑を買って勉強はしたが、カープの選手はマエケン(前田健太)しか知らなかったし、そもそも野球のルールもいまだよくわかっていない。そこで、大のカープファンであるちさとに定期的に会って、取材をさせてもらうことにした。

「広島では、3試合とも見に行くの?」
「いえ、明日の開幕戦と3戦目は球場に行くんですけど、2戦目は家で見ようかなぁって思ってます」
「家? あれ、実家は広島なんだっけ?」
「実家は大宮なんですけど、父がもともと広島の人で、5年前くらいに両親で広島に引っ越したんですよー」
「へー、そうなんだあ。じゃあ、お正月とかは広島で過ごすの?」
「うーん、最近はあんまり行かないですかねぇ。お正月は普通に仕事もあるので…」

3月26日、午後4時半。ふたりは今、JR品川駅構内の二階にあるスターバックスにいる。ちさとはこれから、5時過ぎの新幹線に乗って広島に向かう。

明日、カープはマツダスタジアムでスワローズとの開幕シリーズを迎える。美里が調べたところによると、カープが本拠地で開幕戦を行うのは実に13年ぶりのことらしい。今年は優勝候補として期待されていることもあり、チケットの売れ行きはかなり好調なようだ。

「人多いですねぇ」ちさとが顔を横に向けながら呟く。
「そうだねえ。もう来週から4月だもんねえ」

店の壁は駅の構内に向かって吹き抜けになっており、店内からは品川駅特有の東西に長く伸びた通路が見渡せる。構内では、まだ冬の装いをしたビジネスマンやOLたちが慌ただしそうに行き来していた。

「美里さんのお仕事って、繁忙期とかあるんですか?」
ちさとが美里の顔を見て、尋ねた。

「うーん、特にないかなあ。仕事があるときはあるし、ないときはないって感じかも」
「そうなんですねぇ」
「ちさとちゃんは?」
「私は、11月から12月にかけてのクリスマスシーズンと、あとは2月の旧正月ですね」
「旧正月?」
「はい。旧正月の週に、中国のお客さんがバーッと来るんですよ。ちょっと前まではそんなでもなくて、むしろ2月は閑散期だったんですけど、ここ数年はすごくて」
「あー、なるほどねえ」

中国のお客さんを接客しているときのちさとは、どんな感じなんだろう。英語? うーん、想像つかない。そもそも働いているときのちさとは、どんな感じなのかな。

「明日は、野球ファンにとってのお正月なんですよ」
ちさとが、ふと思い出したように言った。

「プロ野球って毎年、春にシーズンがはじまって、夏はオールスターがあって、秋にシーズンが終わって、冬はオフっていう、その繰り返しで。毎年開幕を迎えるときは、長い冬休みが終わって今年もようやく春が来たなぁっていう、そういう気持ちなんですよね。よし、今年もカープと一緒に戦うぞ!って」
「そっかぁ。うん、季節がハッキリしてるのっていいよね」

美里は、素直にそう思った。

大学の頃は緑豊かなキャンパスで、四季の変化を感じながらのんびりと過ごしていた。でも卒業してからは、夏も冬も関係なく目の前の仕事をこなす日々。季節感のない生活というのは、何だか味気ない。美里はそのことに、少しモヤモヤもしていた。

その点、野球には四季がある。春にはじまり秋に終わるという、明確なサイクルがある。野球のない季節があるから、野球のある季節も一層輝くんだろう。

私はまだ野球のことを知らないし、カープファンでもない。でもこれから、カープの小説を書いていくんだ。今年は私も、戦うんだ。

「あの、次なんだけど、広島から帰ってきた後いつ会えるかな?」美里は尋ねた。

「えっとぉ…」

ちさとがスケジュール帳を開き、予定を確認する。

「木曜日だったら一日大丈夫です」
「木曜日… あ、私も大丈夫。じゃあ、この日でお願いしてもいいかな?」
「はーい」

ちさとはボールペンを取り出し、4月2日の枠に「みさとさん」と丸っこい赤字で書き込んだ。
自分の手元を見つめる美里の視線に気付き、ちさとは言った。

「カープって、変なグッズたくさん出すんですよ。このボールペン、三色全部赤なんです。実用性ゼロなんですけど、そこがまたファン心をくすぐるというか…」

ふたりはスターバックスを出て、新幹線乗り場の改札前まで歩いた。時計台の針は、まもなく5時をさそうとしていた。

「わざわざ来てもらっちゃって、ありがとうございました」
「ううん、こちらこそ出発前にありがとう。楽しんできてね!」
「はーい!行ってきまーす!」

ちさとはカードケースから新幹線の切符を取り出すと、唐突に敬礼のポーズを取った。

「いざ、広島へ出陣!」
「…………?」

やや反応に困ったような美里の苦笑いを見て、ちさとが言った。

「えっとぉ、カープの選手たち、得点したときこのポーズをやるんですよ。って、知るわけないですよね、すみません…」
「そ、そうなんだ」

ちさとは美里に手を振ってから、小さなスーツケースを引きずって改札を通った後、振り返ってもう一度笑顔で手を振った。美里も笑顔で手を振り返し、山手線のホームへと向かった。

明日、2015年プロ野球が開幕する。

(第四話に続く)

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イラスト=モーセル
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【第一話】「ちさとちゃん、何でカープ好きなの?」
【第二話】「か、カープ女子…?」
【第四話】「生まれてはじめてプロ野球の試合をちゃんと見た記念日」