[カープ小説]鯉心(こいごころ) 【第四話】生まれてはじめてプロ野球の試合をちゃんと見た記念日

スポーツ

更新日:2015/4/24

カープ小説

◆【第四話】生まれてはじめてプロ野球の試合をちゃんと見た記念日◆
 

【あらすじ】
文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子を題材にした小説を連載することになったフリー編集者の美里。熱狂的カープファンのちさとに出会い、これまでの人生で縁のなかったプロ野球の世界に入り込んで行く。2015年カープと共に戦うアラサー女子たちの未来は果たして…?

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今住んでいるアパートから歩いて3分くらいのところに、小学校がある。

2年前にここに引っ越してきた私の、密かなお花見スポットだ。
毎年春になると、校庭の周りに綺麗な桜が咲く。
小学校はこの時期、春休みで人もいない。
ゆっくり桜を見ながら散歩をするには、うってつけの場所なのだ。

先週の日曜日、知り合いから井の頭公園でのお花見に誘われたが、断った。
大学の頃に一度行ったことがあるが、あんな人込みの中で桜なんて見れたもんじゃない。
ただお酒を飲んで騒ぐだけの会は、楽しめた試しがないのだ。

もっともそれ以前に、私にはその日、家にいなければいけない用事があった。

井の頭公園が花見客でごった返していたであろう日曜日の午後、私は家でプロ野球中継を見ていた。
広島で行われていたカープ対スワローズ3連戦の3戦目。
記念すべき黒田博樹のカープ復帰戦だ。

とはいったものの、野球に興味のない私にとっては、別に何の記念にもならない。
カープの小説を書く以上、見ないわけにはいかないだろう、と思って見たまでだ。

強いて言えば、私が生まれてはじめてプロ野球の試合をちゃんと見た記念日だ。

これがもう退屈だった。

最初は真っ赤なスタンドを見て、盛り上がってるなー!と思った。
ちさとが映らないかなー、なんて探してみたりもした。
でも、いざ試合がはじまると、あとは睡魔との戦いでしかなかった。

両チームとも全然点が入らず、淡々と試合は進んでいった。
中継の解説者は黒田について、なんちゃらシームやらなんちゃらドアやら、よくわからない横文字ばかり使って褒めちぎっていた。
私にとっては、まるで英会話の教育番組だった。

試合開始から1時間も経たないうちに、私のまぶたは限界に達した。
しばらくして目を覚ますと、ちょうど7回表、スワローズの攻撃が終わったところだった。
黒田が大歓声を浴びながらベンチに戻り、真っ赤なジェット風船が球場を覆った。

やっぱり、野球の面白さがさっぱりわからない…

試合の前から思っていたことだが、そもそも黒田黒田って、みんな騒ぎすぎじゃないか?
アメリカでバリバリ活躍していた選手が日本に帰ってきたのは凄いことなのだろうけど、とはいえそんなに騒ぐことだろうか?
私にとっては先週、大して仲良くもなかった大学の友達から急に結婚式の誘いがきて、まだ返事をしていないことの方がよっぽど重大な問題だ。

もともと私は、野球というスポーツにあまり良いイメージを持ったことがない。

中高時代は陸上部で長距離をやっていた私は、いつもグラウンドで練習している野球部を横目で見ては、ダサいなあと思っていた。
たまに投げて打って走るだけで、あとはほとんど動かずにいる。
そのくせ、ルールがやたら難しいのも気に入らない。
みんな揃って坊主頭なのも、ユニフォームにベルトをしているも嫌だった。
サッカー部やバスケ部の男子たちの方が、よほどカッコ良く見えた。

ちさとはよく、こんなスポーツを飽きもせず見ていられるよなあ…

先月初め、カープ女子の小説を連載することになった日の夜。
私はカープ女子についてネットで調べていたところ、たまたまちさとのブログを見つけた。

ブログをざっと読んだだけでも、かなり熱心なカープ女子であることはわかった。
球場でスポーツ紙の取材を受けたりもしているらしい。
読者モデルもやっているみたいで、写真を見る限りでは確かに美人。

一見「野球」という二文字とは何の縁もなさそうなちさとの外見に、私は興味をひかれた。
ブログにメールアドレスが載っていたので、思い切ってメールを送ってみた。
翌週、私たちは外苑前のカフェで会うことになった。

実際に会ったちさとは、写真以上に美人だった。
どちらかというと同性ウケしそうな、小動物系の顔。
ファッションも、上品な華やかさがあって嫌味がない。
普段は南青山のジュエリーショップで働いているとのことだった。

こんな子が本当に野球なんて見るのだろうか…?

一瞬そんな不安も頭をよぎったが、会って15分もしないうちにそれが杞憂であることを悟った。
彼女が何かの拍子でスケジュール帳を開くと、そこには2015年9月のページまでカープの試合スケジュールが書き込まれていた。

カープが大好きな今風の女の子と、野球に何の興味もない文芸誌の編集者。
私たちには一見、何も共通の話題がないようにも思えたが、ちさととは不思議と話しやすかった。

私が話しているとき、彼女は真っ直ぐ私の目を見て話を聞き、私が話し終えてから彼女がゆっくりと話し出す。
お互いにマイペースで、会話のリズム感というか、時間の流れ方が似ている気がした。
野球の話をするとき、ちさとは私でもわかるように話を噛み砕いて、丁寧に説明する。
ときどき興奮気味にカープの話をするときは若干ついていけない感もあったが、それはそれで悪くない気がした。

仕事のためとはいえ、途中で爆睡したとはいえ、この私がカープの試合を見るためケーブルテレビに加入までしたのは、少なからずちさとの影響だろう。

私はやっぱり、野球にもカープにもまだ興味を持てない。
でも、野球とカープが大好きなちさとには、興味がある。
カープの話をしているときの、彼女の目の輝かせ方は尋常じゃない。
その目には一体、何が映っているのか。

…さて、ひとり物思いにふけるのはこれくらいにして、そろそろ原稿を書かねば。
やっぱり家だと、筆が進まないんだよなあ…
あ、その前に結婚式、なんと言って断ろうか…

(第五話につづく)

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イラスト=モーセル
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【第一話】「ちさとちゃん、何でカープ好きなの?」
【第二話】「か、カープ女子…?」
【第三話】「いざ、広島へ出陣!」
【第五話】「カープファンは負け試合の多い人生ですから…」