[カープ小説]鯉心(こいごころ) 【第五話】「カープファンは負け試合の多い人生ですから…」

スポーツ

更新日:2015/4/24

カープ小説

◆◆【第五話】カープファンは負け試合の多い人生ですから…◆◆
 

【あらすじ】
文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子を題材にした小説を連載することになったフリー編集者の美里。熱狂的カープファンのちさとに出会い、これまでの人生で縁のなかったプロ野球の世界に入り込んで行く。2015年カープと共に戦うアラサー女子たちの未来は果たして…?

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「6連敗くらい、慣れてますから…」

シャンディガフが入ったグラスに両手を添えたまま、ちさとが溜め息混じりに言った。

「そもそも今年は、ファンがみんな浮き足立ってるんですよ。もっと地に足をつけて、これまでと同じように忍耐強く応援しなくちゃダメだと思うんです」
「そ、そっかあ…」
「長年カープファンやってると、これくらい修行の一部だと思えてきます。負け試合の多い人生ですから」
「じ、人生ってそんな…」

ちさとが本当にそう思っているのか、それとも自暴自棄になっているのか、美里にはよくわからなかった。

「あ、そういえば、広島はどうだった?」
美里はここぞとばかりに話題を変えた。
ちさとは開幕カードを現地で観戦してきたのだ。

「あ、広島は最高でした! 黒田さんが本当に出てきたときとか、もう号泣で…」
「すっごい盛り上がってたよね。テレビで見ててもわかったもん」
「え、美里さん試合見てたんですか?」
「あ、うん、一応ね。最初から最後まで見たわけじゃないけど…」
「えらい! でも、全然点が入らなかったから退屈じゃなかったですか?」
「ええと、うーん、そうね、ときどきちょっと退屈だったかなあ…」

黒田が投げているときに爆睡したことは、美里は言わずにおいた。

「誰か気になった選手とかいましたぁ?」
「気になった選手…うーん…あ…いや、うーん…」
「えー、誰ですか誰ですか?」
「気になった選手というか、ちょっと違うかもなんだけど…あの、試合の途中で出てくる外人のピッチャー…太った人…」
「ザガースキー?!」
「あ、そう! その人! いや、あんな太った人でもプロのピッチャーできるんだあ、って思って…」
「そうなんです! 彼は今、カープファンの間でもすごい人気なんですよ! プーさんみたいでかわいい!って!」
「あ、そうそう! ずっとプーさんみたいって思って見てた!」
「あはははは!」

ちさとは声を出して笑うとき、手で口を覆う癖がある。
美里はそれを、かわいいな、と思っていた。
私はこんな風に笑えない、とも思った。

二人がいるのは「ベルガモット」という小さなダイニングバー。
外苑前駅にほど近い、キラー通り沿いのビルの二階に店はある。

店内は薄暗く落ち着いた雰囲気だが、道路側の壁は一面窓になっており、外の光が差し込んでいるため開放感がある。
女性だけでも入りやすい雰囲気の、オシャレでカジュアルな内装。
窓際に、4人掛けのテーブル席が4つ。
バーカウンターの向こうでは、マスターが淡々と調理をしている。

時間は、10時半を少し過ぎたあたり。
店内にいるのはちさとと美里、それからマスターの3人だけ。

「実はここ、もうすぐカープ戦が見れるようになるんですよ!」
ちさとが、店の入り口すぐ横の壁にかけてあるスクリーンを指差して言った。

「え、ここで?」
「はい! ねー、砂山さん!」

窓側のソファ席に座るちさとが、バーカウンターの奥に向かって声を張った。

「そうそう。まだ工事の日にち決まってないけどねー」

白いTシャツの上に黒いジャケットを羽織ったマスターが、キッチンで何か作業をしながら返事をした。
スラっとした細身の体と、肩まで伸びた黒い髪。
歳は30代前半くらいだろうか。

「去年の夏頃、仕事帰りに手書きの企画書を持ってここ来て、プレゼンしたんですよー」
少し得意気な顔をしながら、ちさとが言った。

「スカパー通して、カープ戦がある日はここで試合が見れるようにして下さい!って。そしたら砂山さん、すぐに採用!って」
「そうそう。急に来て、熱く語り出したよね。まあ、ちさとちゃんがお友達連れてきてくれるならいっかーって思って」

ゆ、ゆるい…。

「あの…やっぱりカープファンなんですか?」

「僕? ううん、全然。野球、興味ないんだよねぇ」
「え、あ、そうなんですか…」

興味ないんだ…。

「美里さんはねー、カープの小説書いてるんだよ」
ちさとが言った。

「へぇー。小説かあ。それは面白そうだねー」
「それ、ほんとに思ってますかぁ?」
「うん、思ってる思ってる」
「ここもそのうち、小説に登場しますからね!」
「え、マジ? 小説の舞台になるってこと?」
「そうでーす。お客さん増えて忙しくなりますよー」
「そっかー。増えるのは嬉しいけどあんまり増えすぎてもなー」

やっぱり、ゆるい…。
美里は少しはにかみながら、黙って二人の会話を聞いていた。

「仕事帰りにすぐ、カープの試合が見れる場所があるといいなぁと思って」
美里の顔を見て、ちさとが言った。

「広島だと、街中のお店どこに入ってもだいたいテレビでカープ戦やってるんですけど、東京だとないじゃないですかぁ。仕事の後まっすぐ家に帰っても1時間はかかるし…」

だからって、こんなオシャレなお店にまでカープを持ち込まなくても…。

「はい、お待たせー。今日は特製サラミがあったから」
マスターが、チーズの盛り合わせに加えてサラミが数枚載ったお皿を「サービスね」と言ってテーブルの上に置いた。

「わーい! ありがとうございまーす!」

ちさとがすぐにフォークを手にとり、サラミをつつく。
美里はカシスオレンジをひと口飲んでから、ぼんやり窓の外を眺めた。
向かいに見えるビルが、ほんのり月明かりに照らされているような気がした。

東京の夜は、意外と優しい。

(第六話につづく)

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イラスト=モーセル
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【第一話】「ちさとちゃん、何でカープ好きなの?」
【第二話】「か、カープ女子…?」
【第三話】「いざ、広島へ出陣!」
【第四話】「生まれてはじめてプロ野球の試合をちゃんと見た記念日」
【第六話】「私も小説書きたかったんだよねえ。若いころ」