[カープ小説]鯉心(こいごころ) 【第六話】「私も小説書きたかったんだよねえ。若いころ」

スポーツ

更新日:2015/4/24

カープ小説

◆◆【第六話】「私も小説書きたかったんだよねえ。若いころ」◆◆
 

【あらすじ】
文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子を題材にした小説を連載することになったフリー編集者の美里。熱狂的カープファンのちさとに出会い、これまでの人生で縁のなかったプロ野球の世界に入り込んで行く。2015年カープと共に戦うアラサー女子たちの未来は果たして…?

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「どう? 書き慣れてきた?」
「うーん、そうですね…。少し慣れてはきましたけど、まだ試行錯誤しながらというか…」
「そりゃそうよね。まあ、焦らずにコツコツとやってもらえればいいからね」

文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子を題材にした小説を連載している美里。
この日は編集長の夏子と、角山出版のオフィスから歩いて5分ほどの場所にあるイタリアンレストランでランチをしていた。

「目先の反響にとらわれないようにね。この手のものは野球と同じで、シーズンの最後に良い結果が出てればいいんだから」

美里は先月、夏子から「カープ女子の小説を書いて欲しい」とオファーを受けた。
その数日後、美里は熱狂的カープファンのちさとに出会い、小説の主人公は彼女をモデルにしようと決めた。
一見、今風の女の子なのに筋金入りのカープファンというギャップが、主人公にピッタリだと思ったからだ。

翌日、美里は夏子にその案を話してみたが、あまり良い顔をされなかった。

「うーん。それはちょっと難しいんじゃないかしら。その子はさ、もう筋金入りのカープファンなわけでしょ? 横山さんが知らないカープのこともたくさん知ってて、カープとの歴史というか、ストーリーもある。横山さんがその子になり切るっていうのは、結構大変じゃない?」

そう言われると確かに、そんな気がした。
夏子はさらに、子供になぞなぞを出すような口調で続けた。

「そもそもだけど、なんでエッセイとかじゃなくて、小説がいいと思う?」

あまり深く考えてなかったけど、そう言われれば確かにそうだ。
何で小説なんだろう。

「この手のものはね、論評するよりも物語を紡いだ方が伝わると思うの」

美里は、わかるようなわからないような気がした。
夏子は仕事の話をするとき、よく「この手のもの」と言う。
乱暴なようだが、夏子が言うと妙な納得感がある。

「横山さん自身が主人公になるのはどう?」
美里の冴えない表情を見て、夏子が言った。

「え、私がですか?」
「うん。それなら背伸びせずに書けるし、きっと書きやすいでしょ? 横山さんがカープ女子の子たちを見て、自分の目に映ったものを素直に描写すればいいんだから」
「はあ…。なるほど。わかりました。その形で書いてみたいと思います」

◆◆◆

そんなやり取りを経て、何とかシーズン開幕前に連載はスタートできた。
試行錯誤しながらではあるが、ここまで順調といえば順調だ。

今二人がいるレストランは、居酒屋やラーメン屋が立ち並ぶオフィス街の一角にある。
金曜日の午後1時、店内は若いOLたちで賑わっている。

「私も小説書きたかったんだよねえ。若いころ」
アイスティーをストローで一口飲んでから、ふと思い出したように夏子が言った。

「え、そうなんですか?」
「うん。子供の頃とか、家にこもってミステリーばっかり読んでたから」
「えー! そうなんですねえ」

美里は少し、意外な印象を受けた。

夏子は、パワフルでエネルギッシュな女性だ。
背が高く、顔立ちもハッキリしているので、見た目からして迫力がある。趣味は、サルサダンスとキックボクシング。
夏子がモデルのように長い足でサンドバッグを蹴り上げる写真を、美里はフェイスブックで何度か見たことがある。

その夏子が、家にこもってミステリー小説を読んでいるような女の子だったなんて、とても想像できない。

「最初は親に色々読まされたのよね。日本語を忘れないようにって。気付いたら、本が友達みたいな子供になっちゃって。今度は、もっと外で遊びなさいって怒られるようになってね」

夏子は子供の頃、両親の仕事の都合でニューヨークに住んでいたと、以前に聞いたことがある。
てっきり、超アメリカンな幼少期を過ごした結果が今の夏子なのだと思っていたが、そうではないらしい。
もっとも、超アメリカンな幼少期が一体どんなものかと言われると、よくわからないが…。

夏子がアメリカ育ちであることを感じさせるのは、彼女が誰に対してもフラットにコミュニケーションを取ることだ。

社内の部下に対しても、美里のような外部のフリーランサーに対しても、夏子は分け隔てなく接する。
相手の立場に関係なく、良いものは良い、ダメなものはダメと、オブラートに包まずハッキリ言う。
夏子のそういうフェアな姿勢に、美里はとても好感を持っていた。
一方で、夏子が自分のことを多少なりとも特別な思いで目にかけてくれていることも、美里は何となくわかっていた。
美里はそれが、何より嬉しかった。

自分もいつか、夏子のようなカッコイイ編集者になりたい。
美里は心の中で、そんな風に思っていた。

(第七話につづく)

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イラスト=モーセル
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【第一話】「ちさとちゃん、何でカープ好きなの?」
【第二話】「か、カープ女子…?」
【第三話】「いざ、広島へ出陣!」
【第四話】「生まれてはじめてプロ野球の試合をちゃんと見た記念日」
【第五話】「カープファンは負け試合の多い人生ですから…」
【第七話】 私たちカープファンにできること