公式作家になれば「毎月20万円+インセンティブ」 ―マンガ家がデジタルで描くべき理由をcomico担当者が、Amazon担当者が語る

マンガ

公開日:2015/4/12

 「トキワ荘」――マンガ好きの人であれば、耳にしたことがあるだろう。漫画の神様・手塚治虫をはじめとして、赤塚不二夫、石森章太郎、藤子不二雄(藤子不二雄A、藤子・F・不二雄)など、後に誰もが知る有名漫画家たちを輩出したアパートだ。

 その役割は、住居だけでなく、志を同じくする仲間同士が切磋琢磨しあって漫画に打ち込める環境を提供することでもあった。

 2015年現在、その建物は跡形もなくなってしまっているが、その志は引き継がれている。それが「トキワ荘プロジェクト」だ。

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 これは、本気でプロのマンガ家を目指す若者たちに京都と東京で低家賃のシェアハウスの提供や、さまざまな講習会やイベント、さらには仕事の紹介などをしている事業。若手漫画家たちを物心両面で支援している。

 そのトキワ荘プロジェクトが3月24日に「四畳半マンガ家のためのデジタル戦略講座」を総合学園ヒューマンアカデミー京都校で開催した。これは、出版社の多くが東京に集中する中、地方在住マンガ家がその地域で創作活動をしながら生活していく方法について、デジタル出版の“今”について担当者たちが若手マンガ家たちに語り、さらにディスカッションや交流も行うといったイベントだ。

 京都にはマンガを専門に教える大学、専門学校が7校あり、専攻する現役学生が1200人を超える。今回のイベントには、各項の学生やOBOGはもちろん、京都から6校、大阪から2校の教育熱心な教授や講師が参加したという。

 現マンガアプリ担当者と大手電子書籍プラットフォーム担当者が一堂に会するだけでなく、マンガ家のタマゴやプロ作家、講師たちに直接語りかけるという貴重なこのイベントに参加できたので、その様子をリポートしたい。

●なぜ今デジタルコミックなのか

トキワ荘プロジェクト ディレクター 菊池健氏

 はじめに登壇したのは、トキワ荘プロジェクトのディレクター・菊池健氏。「同人作家で家を建てたという人が、知っているだけでも2人いる」という驚くべきニュースや、現在の出版事情と電子書籍事情について語った。

 菊池氏によれば、紙のマンガ雑誌の売上金額は下り坂。発売される単行本も、その作家数も1995年の倍になっているのに、販売数は減少傾向に。これでは1人当たりの取り分が減ってしまう。

 一方、デジタルに目を向けると、電子書籍市場は少しずつ拡大。

 紙の書籍と合体させると「微増」しているという結果に。

 その理由として挙げられたのが、2013年にメジャータイトルの電子書籍への参入だった。また「無料なので、売上に貢献しているとは必ずしも言えないが」と前置きした上で、菊池氏はcomicoやコミックスマート、マンガボックスなどIT企業のマンガアプリ参入も挙げた。

 マンガアプリのダウンロード数は増え続けており、comicoは900万ダウンロードを突破。マンガボックスは700万、コミックスマートが提供しているGANMA!も100万を超えており、紙のコミック誌の発行部数を大きく上回っていることが分かる。

 紙の出版物ではスペースに限りがあり自分の作品を掲載してもらえる可能性は非常に低かった。しかし現在ではデジタルコミックという場が用意されており、そこからデビューすることもできる。事実、1年半でマンガアプリcomicoで公式連載している作家は100人以上になったという。

 マンガボックスでは連載陣に迎えていたプロのマンガ家たち以外にも、新人を発掘して育てるべく「インディーズ枠」を設けて誰でも投稿できるようにした。少年ジャンププラスでも同様にチャレンジの場所が与えられている。

 このように、紙のコミック誌では「枠がない」「縮小傾向にある」「地方在住マンガ家には物理的制約がある」が、デジタルコミックでは「ダウンロード数が増加している」「発表する場所を提供している」「居住地に縛られるという物理的な制約がない」ことから、地方に住むマンガ家がチャレンジするにふさわしいものへと成長していることが分かる。

 しかし、デジタルコミックで本当に食い扶持を稼げるのだろうか?

●わずか1年5カ月で900万DLを突破したcomicoでデビューする

 その疑問に答えるべく登壇したのがNHN PlayArt comico事業部の大藤充彦氏だ。

NHN PlayArt comico事業部 大藤充彦氏

 comicoのコンセプトは「デジタルのトキワ荘」。ここからデビューするマンガ家を育てたい、という思いがあったという。紙ではなくデジタルを選んだ背景としては、「生活のあらゆる場面で、スマホの画面を見ている人が多く、余暇の消費形態が変化していると感じたから」(大藤氏)。

 そのため、comicoのコンテンツは「縦スクロール」「フルカラー」でスマホに最適化されている。毎日の通勤時間など、ちょっとしたスキマでも読めるよう、毎日オリジナルの作品が更新される、「毎日更新週刊誌」の形式を取っている。しかも無料ですべての作品が読めるというのも大きい。

 作品の閲覧は無料だが、当然マンガ家にはきちんと報酬が支払われている。

「報酬はどのくらいか」との問いに「毎月20万円プラス人気応じたインセンティブの原稿料をお支払いしています。現在のところ公式作家は128人います」と大藤氏が答えると、会場からはどよめきが。

京都精華大学の近くということもあり、会場は大盛況だった

 さらに、『ReLIFE』のように単行本化された作品は同作品を含めて7タイトル。アニメ化が決定した作品もある。また、作品のIP(知的財産)を活用した取り組みとして、2015年1月にはグッズ展開もスタート。作品のIPが商品化された作家にはライセンス料が支払われ、原稿料や書籍化に続く収入機会となる。今後も実写化、ゲーム化などの展開が進められていく予定。そして、「公式作家」になった人全員にこれらの機会が開かれているという。

comicoで初めて単行本化された『ReLife』は既に3巻まで発行されている

 大藤氏は「作品のIPを活用したビジネスを広げていき、マンガ家の収入を増やせるようにしたい。その良いループを作るためにも、引き続き豊かな才能を持つマンガ家の発掘と育成をしていきたい」と締めくくった。

●個人で売上を伸ばすには?――Amazon kindle ダイレクト・パブリッシング担当者が秘訣を明かす

次に登壇したのはAmazon kindle ダイレクト・パブリッシング担当部長・小菅祥之氏。

Amazon kindle ダイレクト・パブリッシング担当部長・小菅祥之氏

 「まず、言っておきたいのは、Kindleダイレクト・パブリッシングは自費出版ではない、ということです。作成、登録、販売まで全て無料ですから“費用”がかかっていないんです。売れたらその分手数料をいただく、というだけですから、全くお金はかかりません」とノーリスクをアピール。

 さらにKindleストアで、特にKDPセレクトと呼ばれるKindleストアでのみ販売する契約を結ぶことのメリットとして、次のようなものを列挙した。

・販売価格の最大70%のロイヤリティ(印税)
・最大5日間kindle本を無料で提供できる無料プロモーション
・Kindleオーナー ライブラリーへの作品追加
・日替わりセール、月替りセール、Kindle先行・限定タイトルセールへの選出など

 どれも自分の作品がストア内で露出する機会をアップさせるものとなっている。

 具体的な数字は「会社の方針で出せない」(小菅氏)が、日替わりセールを実施すると、普段の売上の約500倍に販売数が跳ね上がった実績も多くあるという。

 露出機会を増やすため、マンガ家にできることもある。登録する際、キーワードをきちんと設定して、検索されやすくするのだ。また、Amazonでは評価やコメントも重要になってくるので、「家族や親しい友人に読んでもらって感想を書き込んでもらうのは有効ですね」と小菅氏。

 売れるためのそのほかの“技”として小菅氏は、(アイキャッチ性を高める)紙の単行本に巻かれる帯のようなデザインを作ってキャッチコピーを入れる、誤字・脱字があると読書体験が悪くなってしまうだけでなく、セールにも取り上げられないので、しっかりとチェックする、SNSやプレスリリースサービスなどの無料ツールを使って宣伝することなどを挙げた。

「Amazonアソシエイト・プログラムを使って自分のブログで宣伝するのもいいですよ。宣伝するだけじゃなく、売れれば収益にもなりますしね」と収益アップの小技で小菅氏は締めくくった。

 この後、電子書籍事情に詳しいジャーナリストのまつもとあつし氏も加わり、紙のコミック誌にはない、デジタルコミックが抱える課題を提起すると、質疑応答が一気に活発化。特に多かったのが、仕事に直結する(と思われる)comicoへの質問。地方に居ながらにしてどのように編集者とコミュニケーションを図るのか、今後、異なるレーティングのアプリを出す予定があるか、寄せられるコメントで誹謗中傷があった場合の対処策は? といったものが寄せられ、担当の大藤氏が丁寧に回答していた。

 今後、さまざまな理由で東京に居を移せず、地元で活動するしかないマンガ家たちも増えてくるだろう。デジタルコミックは、そのような才能あふれる人たちが、それを埋もれさせることなく安心してクリエイティブに専念できる場所の一つになっている。

 このような動きが一過性のものとはならず、さらに盛り上がり、コンテンツ制作者たちが安心して描き続けられるように……そう願ってやまない。

取材・文=渡辺まりか