『ぐりとぐら』のカステラは子どもたちに向き合う中で生まれた―中川李枝子がおくるお母さんたちへの温かなメッセージ

出産・子育て

更新日:2018/9/25

 『子どもはみんな問題児。』(中川李枝子/新潮社)を手に取った途端、思わず歓声を上げる女性が多い。この本には、『ぐりとぐら』など人気の絵本や童話で長年タッグを組んだ実妹、山脇百合子さんによる、温かなタッチの絵がたくさんちりばめられているのだ。帯やカバーを外しても、かわいい絵を発見できる。このご時世、LINEスタンプになったらさぞ売れるだろうな…などとよこしまなことを思ってしまうが、キャラクターグッズ展開は積極的にはしていないようだ。

 誰もが知っている野ねずみ・ぐりとぐらは、1963年に雑誌掲載童話『たまご』の中に登場したのが最初だった。福音館書店では2013年から、誕生50周年記念イベントを行っている。朝日新聞社主催の『誕生50周年記念 ぐりとぐら展』は今まさに全国を巡回中で、残すは現在開催中の伊丹市立美術館、いわき市立美術館のみとなっている。子どもと一緒に原画を楽しめる貴重なイベントだ。特設サイトでは又吉直樹さんや北斗晶さんなど、多くの著名人が『ぐりとぐら』への思いを語っている。

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 まさに今、母親になる世代が子どものときに触れ合っていた絵本や童話こそ、中川李枝子さんによるものが多いのではないか。現在子育て中のお母さんに向けられた本書は、冒頭でのこの言葉が何より印象的だ。

焦らないで、だいじょうぶ。
悩まないで、だいじょうぶ。
子どもをよく見ていれば、だいじょうぶ。
子どもは子どもらしいのがいちばんよ。

 中川さんは1935年に生まれ、東京都立高等保母学院を卒業後、「みどり保育園」の主任保母として17年間勤めた。現在の駒沢オリンピック公園にあった無認可園で、子どもたちは泥だらけになって遊んでいた。

 毎日楽しく保育園に来てもらうために役立ったのは、当時岩波書店から出版されていた『ちびくろ・さんぼ』だった。子どもたちは目を輝かせながら登園し、ちびくろさんぼごっこで盛り上がったそうだ。あまりの熱狂に、園長先生がホットケーキを振る舞ったぐらいだ。子どもたちは、その豊かな想像力で、ちびくろさんぼに負けないくらいの素晴らしいホットケーキを食べた、と満足する。その光景に中川さんは感動し、負けじと生み出したのが『ぐりとぐら』の大きなカステラなのだった。子どものころ、何度絵本を前にごくり、と生唾を飲み込んだことだろうか。きっとそれは、現代の子どもたちも変わらないだろう。幸いにも今はインターネットが発達し、すぐにあのカステラのレシピを検索して作ってあげることだってできる。ぐりとぐらよりもおいしいカステラを食べたぞ、と子どもたちに喜んでもらえたら、きっと自分まで嬉しくなるに違いない。

 この本から伝わってくるのは、育児の素晴らしさと、子どもをモノ扱いすることを嫌い、子どもと対等に向き合い続ける中川さんの姿だ。子どもたちを喜ばせようと、ひとりひとりの表情を想像しながら書かれた絵本や童話だからこそ、今でも多くの人々に愛され続けているのだろう。

 私自身、母が私を産むまでは保母として働いていたため、彼女独自の哲学のもと、たくさんの本に囲まれながら育った。流行のテレビ番組の多くを見るのを禁止されていたことは今でも寂しくは感じるが、良い本を揃えてくれたことは実に教育的だったと思っている。子どものころは、本の中で大冒険するのが何よりも楽しかった。本の中なら、どんなことだって想像の力で自由自在に体験できた。

 依然として少子化は大きな問題である。『AERA』2015年4月20日号では、「子どもがいないとだめですか?」と題した大特集が組まれている。子育てをめぐる「三大論争」では「保育園は近所迷惑?/授乳室は過保護?/ベビーカーは通勤の邪魔?」という、まさに旬のテーマが検証されている。せちがらい世の中だ。個人的にも、結婚・出産については正直ためらってしまう。特に出産については、タイムリミットがある現実は重々承知なのだが…。

 今、この環境の中で育児をしているお母さんたちこそ、もっと大事にされるべき存在なのではないか。もちろん精神論にとどまらず、育児しやすい環境を整備していくことが重要だ。

 個人的には、中川さんのように真摯で、信頼できる保育者のいる保育園に、安心して子どもを預けられることが大事だと思う。子どもたちも保育園での生活で学べることも多いだろう。いずれにせよ、さまざまな働き方、そして生き方に寛容な社会が求められているのではないだろうか。

 話が少々堅くなってしまったが、本書は家事と育児で疲れていても少しずつ読める、やさしい1冊だ。子どもを寝かせた後に、お茶でも飲みながら読み進めれば、温かな語り口にリラックスできるとともに、明日への活力も湧いてきそうである。中川李枝子さんの全作品リストも巻末に付いているので、育児中ならずともファンは必携の1冊だ。

文=川澄萌野