働く女子の65.5%はヒゲが苦手! 純愛BLで「セクシー髭」が表紙を飾るのはあり?

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/20

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くぐもったドラム
(英田サキ:超訳著、えすとえむ:イラスト、エラステス:原著/ハーレクイン)

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この立派な口ヒゲを蓄えた中年男性と金髪の美青年が口づけを交わす表紙を見てほしい。日本のBL界では、髭の人物が表紙を飾ることは非常に珍しいという。今回はそんなBL界の“お約束”に果敢に挑戦する意欲作『くぐもったドラム』をご紹介しよう。

いまやすっかりメジャーになったBL(ボーイズラブ)の世界には、さまざまなジャンルがあることをご存知だろうか? たとえば「ヘタレ」「俺様」などキャラの性格だったり、「同級生」「上司」「幼なじみ」など人間関係だったり。「リーマン」「料理人」など職業名もあれば、「メガネ」「猫耳」など外見の特徴も。いずれも多くはタイトルや表紙でわかりやすく提示されているが、ここまで男性の特徴を女性好みに細分化するのもBLオリジナルの魅力といえるかも。

さてそんな中、なかなかBLのジャンルとして成立しにくいのが「ヒゲ男子」だ。実は働く女子の65.5%はヒゲが苦手というように(2015年3月マイナビウーマン調査より)ヒゲへの抵抗感は根強く、BLでハードルが高くなるのは当然といえば当然。実際、これまでのBL小説作品において、ヒゲ男子が表紙を飾ることはほとんどなかったらしい。

だが、そんな「ヒゲ男子」のジャンルに果敢に挑み、これ以上ないほどの極上のロマンチックな世界を紡ぎ出した作品がこのほど登場した。それが19世紀のプロイセン王国とオーストリア帝国との戦争を下味にした『くぐもったドラム』(英田サキ:超訳著、えすとえむ:イラスト、エラステス:原著/ハーレクイン)だ。豪華な紙質を使い女性の手にもフィットする小ぶりの新書サイズを採用。

表紙には、立派な口ヒゲを蓄えた中年男性(ルドルフ)と金髪の美青年(マティアス)が口づけを交わす姿が。2人はともにプロイセンの軍人で、なかでもルドルフは高貴な貴族出身の160騎中隊を率いる中隊長にして大尉とあって、ヒゲは彼の威厳を示す外せないアイテムなのだ。本作では人気漫画家・えすとえむが、繊細な描写と抑えられた色味で緊張感のあるドラマチックな世界を描き出し、光のもとできらめく特殊紙を用いた装丁と相まって気品ある美しさを実現。ヒゲへの抵抗感を感じさせないばかりか、むしろダンディでセクシー!

さらに興味深いのは、その世界が今どき珍しいくらいの韓国ドラマのようなドラマチックな純愛巨編ということだ。闘いから無事に生還したら除隊して共に生きることを誓い合い、マティアス中尉とルドルフ大尉が愛を交わす姿で幕をあける物語は、翌日は一転、落馬したルドルフが記憶喪失になるという悲劇の展開へ。いつか記憶が戻るかもしれない…淡い期待を胸に、故郷ベルリンに戻るルドルフに健気につきそうマティアスだが、旅路では捨てたはずの妻やベルリンにいる「男の恋人」への思いを打ち明けられ、猜疑心と愛しさに心が引き裂かれる。

かつて心から愛し合った相手に存在を忘れられ、身体も拒まれるという現実に傷つきながらも、ルドルフを気遣い献身と愛を捧げるマティアス。一方、マティアスに心の奥で惹かれながらも、無くした過去と現実の間で混乱する苦悩を見せまいとするルドルフ。2人の視点で交互に描かれる物語は、切なく痛い。

とかくセクシャルな面ばかりが注目されがちなBLではあるが、その醍醐味は「関係性のドラマ」を味わうところにもあるという。とすれば、あったはずの関係性が記憶喪失で容赦なく断ち切られ、必然的に関係性の再構築がテーマになるこの物語は、まさにBL的な味わいに満ちているともいえるだろう。

ちなみに舞台はプロイセン軍の野営地、ドイツの片田舎からヴィスコンティの映画のようなベルリン社交界までと幅広く、ドラマチックなヨーロッパ世界を豊潤に味わえるのは、元が海外作家によるBL作品だからこそ。それを人気作家の英田サキの超訳でテンポよく鮮やかに仕立て直しているも大きなポイントだ。

なにより一見マニアックな「ヒゲ男子」とは真逆の「純愛ロマン」のギャップに萌えること必至。BL上級者も初心者も、存分に味わってみてほしい。

文=荒井理恵

『くぐもったドラム』(英田サキ:超訳著、えすとえむ:イラスト、エラステス:原著/ハーレクイン)

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