「目の前にあるのは私たちの生き方の危機」 世界でいちばん貧しい大統領のスピーチに「幸せとは何か」を考える

海外

更新日:2015/5/12

 アルゼンチンとウルグアイの国旗に描かれた、顔のある太陽を「5月の太陽」と呼ぶそうだ。古代インカ帝国の太陽神インティを象徴する太陽は、顔に相当する内側の直径が10cm、外側の直径が25cm、光線は16本ずつ交互に続く直線と曲線、色は山吹色と定められているという。

 例年よりも暑い連休の空を見上げながら、ふと「5月の太陽」を国旗に持つウルグアイの前大統領・ホセ・ムヒカ氏のことを思い出した。

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 2015年3月に、ウルグアイ国民から惜しまれつつ退任した「ペペ(愛称)」こと、第40代ウルグアイ大統領・ムヒカ氏は、世界一貧しい大統領として話題になった。平均月収が約6万円の同国にあって、大統領の月給は約97万円と高額だが、ムヒカ氏はその大半を寄付し、残りの約1000ドル(約10万円程度)を生活費にあてていた。大統領公邸ではなく郊外の民家に住み、妻と農業を営み、飛行機のエコノミークラスか他国の大統領専用機に同乗して国際会議に出席し、オンボロの愛車フォルクスワーゲン・ビートルを自ら運転すればヒッチハイカーをも拾ってしまう。

 大統領としては型破りなのかもしれない。お金や生活水準だけ見れば「貧しい」とさえ言えるのかもしれない。だが、ムヒカ氏の姿は、政治家として、一人の人間として、とても自然で、お金やモノで満たされたロシアやアラブや中国の大富豪よりも、幸せに見えるのはなぜだろう? 答えはひとつ。ムヒカ氏は「本当の幸せ」とは何かを知っているからだ。

 2012年、環境問題や貧困問題を扱ったブラジルのリオデジャネイロ国際会議で、ムヒカ氏は世界に向けて、飾りのない言葉で語った。会議の参加者をはじめ、世界中で人々に感動を与えたそのスピーチを、子ども向けに意訳し、優しいイラストを添えたのが『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』(くさばよしみ:編、中川学:絵/汐文社)である。

 リオ会議でのムヒカ氏のスピーチのポイントは2つだ。1つは、「人類が瀕している本当の危機とは何か」。

「貧乏とは、少ししか持っていないことではなく、限りなく多くを必要とし、もっともっと欲しがることである」「人より豊かになるために、情け容赦のない競争を繰り広げる世界にいながら、“心をひとつに、皆一緒に”などという話ができるのでしょうか?」「誰もが持っているはずの、家族や友人や他人を思いやる気持ちは、どこに行ってしまったのでしょうか?」と、ムヒカ氏は会場の人々に問うた。

「目の前にある危機は地球環境の危機ではなく、私たちの生き方の危機なのです」と。

 ウルグアイの人々はかつて、ゆとりある生活を求め「1日6時間労働」という権利を手に入れた。だが、欲しいモノが増え、お金が必要になった今、6時間の労働とは「別の仕事」を持つようになったという。果たしてそれが本当に豊かな人生なのかと、ムヒカ氏は憂う。

 そして、彼が語った、もうひとつのポイントが「幸福とは何か」である。

「人と人が幸せな関係を結ぶこと、子どもを育てること、友人を持つこと、地球上に愛があること」―すなわち、人間が生きるために「ぎりぎり必要な土台」こそが「幸福」なのではないか。文明社会を発展させるためではなく、人類が幸福に生きていくための努力をすべきだ、それを忘れてはならないと、ノーネクタイのウルグアイ大統領(当時)は訴えた。

 彼には高い給料も、高級外車も、大統領専用機も必要なかった。一番大切な「人と人の幸せな関係」を持っていたから。だから、世界でいちばん貧しい大統領は、世界でいちばん幸福な人に見えるのだ。

 これは、環境問題や貧困問題だけに当てはまることではない。私たちの日々の生活、仕事などにも全く同じことが言える。

 何のために学び、働くのか? 幸福とはなにか? ムヒカ大統領のスピーチには、我々が忘れてはならない、でも忘れがちな、「幸せの本質」が込められている。GWで散々遊び、買い物をし、疲れた後は、晴れた日に弁当を持って外に出て、幸せについてのんびり考えてみよう。家族や友人と。あるいは一人でも、孤独ではない。空には5月の太陽が笑っている。

文=水陶マコト