13日間置くと、何かがある絵本!? 『ねっけつ!怪談部』林家彦いちさんインタビュー【後編】

文芸・カルチャー

更新日:2015/5/19

 当代きっての人気落語家たちの噺(はなし)が絵本となる、全10巻予定のシリーズ「古典と新作らくご絵本」。その第1弾となる『ねっけつ! 怪談部』(林家彦いち:作、加藤休ミ:絵/あかね書房)は、林家彦いちさんの新作落語だ。落語と絵本に共通すること、描かれていない部分を想像する楽しさ、そして霊験あらたかなところ(?)などなど、絵本ならではの楽しさについてお話を伺った。

>>『ねっけつ! 怪談部』林家彦いちさんインタビュー【前編】はこちら

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 今回、絵本作りに初めて挑戦した彦いちさん。「落語と絵本には共通点や親和性がある」と感じたという。

彦いち:「絵本ってページとページの間の、絵の見えない部分にすごいそそられるじゃないですか。見えない部分を想像するのって、僕らが落語で左を向いて“ごめんください”と言った後に、右を向いて“なんだい?”と言うだけで、その世界がお客さんに見えちゃうのと似た技法です。絵本作りをする前に、いろんな方の絵本を見ているときは気がつかなかったんですけど、いざ自分の作った噺を休ミさんが絵にして描いてくると、絵本っていうのはページをめくる楽しさを考えてるんだ、ってことがわかったんですよ。人が右を向いて、次のページで左を向いてるだけで、中へ入ってくるように感じるとかね。それから絵本って落語といっしょで、たぶん根源的なことを語るものが多いので、話が古くなりにくいものなんですよ」

独特な画風が印象的(『ねっけつ! 怪談部』より)

絵本も落語も「一対一」になって話を紡いでいくもの

 現代は動画や写真など様々なもので溢れ返っているが、彦いちさんは「絵一枚の方がよっぽど物語っていて、想像する楽しさがある。絵本は一対一の関係になるけれど、それも落語と近いんです」と言う。

彦いち:「噺家という職業を選んでるくらいですから、僕が話すことで、聞き手が持っている力を引き出して、その人の中に映像が浮かぶというのが楽しいことだし、聞き手もそれを感じられると、豊かなことだと思うんですよ。絵本も同じで、想像することに楽しさがある。僕は情報はテレビより、ほぼラジオなんです。やっぱりね、豊かさが違うんですね。例えばビールなんかもコッコッコッコッと注いで、誰かが飲んで“あーっ!”っていうのをテレビで見るより、ラジオの方が美味そうに思える。それは、自分の心の中にある“あーっ!”の方が気持ちいいからなんですよ。だってそこは自分のものじゃないですか。どんなに物が便利になっても、心の中までは侵されないというのって、大事にして欲しいところですよね。想像するよりも楽しいことって、他にないと思うんですよ。脳みそで想像できる映像って、テレビの8Kの鮮明さをはるかに超えてるわけですから。自分の頭の中でズームしても、なんの画像の乱れもないし、なんでも自由にできる。それに気がついてもらいたいんですよね。そうやって想像するにはやっぱりラジオとか本といった削ぎ落としたもの、シンプルであればあるほどいい。紙に描いた絵っていうのも、動画や画像がたくさんある現代においてはかなり削ぎ落としたジャンルですよね。でもね、そこだと思うんです。絵本も落語も一対一になって話を紡いでいくってところが似ているし、想像するっていうのがなにせ楽しいところなんですよ」

読む人が「間」を埋めることでオリジナルの話ができあがる

 絵本というと、近年は「読み聞かせ」が流行しているが、彦いちさんは絵本を作る中で初めてそういうジャンルがあるということを知り、とても興味を持ったそうだ。

彦いち:「この本をどうやって読み聞かせるのか、そーっと見に行きたいですね。もちろんきちんと読むのもいいし、そうじゃなくてもいい。まあ僕はどちらかと言うと、そうじゃない方の人ですけど(笑)。でも絵本っていうのは、読む人が行間やページの間をどんどん埋めていっていいものですから。そう読んでいくと、その人オリジナルの『ねっけつ! 怪談部』ができあがるわけなんですよ。それってすごいな、絵本ならではだなと思いますね。僕もいずれどこかで読み聞かせをやってみたいですねぇ」

「古典と新作らくご絵本」シリーズは、2016年にかけて続々と刊行される予定だ。今後のラインナップは、柳家喬太郎『ろじうらの伝説』(絵:ハダタカヒト)、春風亭昇太『りきしの春』(絵・本秀康)、林家たい平『ふどうぼう』(絵:大畑いくの)、柳家三三『王子のきつね』(絵:原マスミ)、春風亭一之輔『だんご屋政談』(絵:石井聖岳)、桃月庵白酒『ぬけすずめ』(絵:nakaban)、三遊亭白鳥『とのさまと海』(絵:小原秀一)、立川談春『夢金』(絵:寺門孝之)、立川志の輔『モモリン』(絵:いぬんこ)という錚々たる人気落語家たちが控えている。

彦いち:「これから皆さんの絵本が出ますからね。どんな仕上がりになるのか、僕も楽しみですよ。えーとね…あ! 作者の人たちはみんな読み聞かせやらせたら、おどろくほどうまい人ばっかりですよ! …あ、白鳥アニさんだけちょっと違うかな(笑)」

 …ということで最後に『ねっけつ! 怪談部』と「古典と新作らくご絵本」シリーズに興味を持った方へメッセージをお願いします。

彦いち:「インテリアとして絵本を飾ってる人っていますよね。それもいいと思います。えー、この『ねっけつ! 怪談部』はね、いずれにしても各家庭に一冊あるといいと思いますよ。なぜか? それはこれを13日間置くとね、間違いなくいいことがひとつ起きる本だからなんですよ。自分っていうのは、すぐには変えられなかったりするもんじゃないですか? 三日坊主なんて言葉がありますけど、なにかを思いたって、継続し、繰り返し、馴染んでくるのがだいたい13日間くらいなんです。それで13日後にこの絵本を開くと、新たな自分と物語が見えてくる…はず。それを我々の方では“化ける”と申しまして」

 お後がよろしいようで!

取材・文=成田全(ナリタタモツ)

林家彦いち●落語家。1969年、鹿児島県生まれ。89年、初代林家木久蔵(現林家木久扇)に入門。2002年、真打昇進。新作落語を得意とし、寄席や独演会、ゲストを迎えての「彦いち 落語組み手」などを定期的に開催中。楽屋を写した『楽屋顔~噺家・彦いちが撮った、高座の裏側~』(講談社)を出版するなど趣味のカメラの腕前はプロ級。またカナダ・ユーコン川をカヌーで下ったり、アマゾン、ヒマラヤ、シルクロード、バイカル湖など世界の秘境を旅するアウトドア派でもある。

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