[カープ小説]鯉心(こいごころ)【第十二話】カープと遠距離恋愛してるみたいな感じ

スポーツ

公開日:2015/5/25

カープ小説

◆◆【第十二話】カープと遠距離恋愛してるみたいな感じ◆◆
 

【あらすじ】
文芸誌『ミケ』のウェブサイトで、カープ女子を題材にした小説を連載することになったフリー編集者の美里。熱狂的カープファンのちさとに出会い、これまでの人生で縁のなかったプロ野球の世界に入り込んで行く。2015年カープと共に戦うアラサー女子たちの未来は果たして…?

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「この間はどうも!」

神楽坂の路地裏にある、とある小さな焼鳥屋。
佐藤は店の入り口に立ったまま、テーブル席に座る美里に会釈した。

「あれ、佐藤さんのお知り合いだったんですか?」
カウンターの奥から店のTシャツを着た若い男が、佐藤に聞いた。

「いや、この前たまたまね、神宮で一緒に試合観たんですよ」
「そうだったんですか! てことは、お姉さんもカープファンですか?」
「いや、私は何というか、その…」

神宮で佐藤とはじめて会ったときと同じ質問をされ、美里はまたしても少し戸惑った。

「彼女はライターさんでね、カープの小説を書いてるんですよ」
すかさず佐藤が、美里をフォローするように言った。

「小説?! すごいですね!」
「あ、ありがとうございます」

苦笑いを浮かべる美里の顔を、春紀はニヤニヤしながら眺めていた。
佐藤は、美里と春紀が座っている席からひとつテーブルを挟み、二人用のテーブル席に一人で座った。

「あの、先日はどうもありがとうございました」
美里が佐藤に言った。

「いえいえ、こちらこそ。おかげ様で楽しかったですよ。球場での出会いに悪い出会いはないからね。あ、デート中にごめんね」
「あ、いや…」
「すみませーん!生ください!」

美里の声をさえぎり、佐藤は大きな声で注文した。

「こちらよくいらっしゃるんですか?」
春紀が佐藤の方を見て言った。

「んー、そうですねえ、ぼちぼち。僕も近所でお店やってまして」
「そうなんですね」

自分で聞いておきながら、春紀はあまり興味がなさそうな顔で言葉を返す。佐藤は煙草に火を付け、顔を上げてテレビの野球中継を見た。店内には美里たちの他に、女性が一人カウンターに座っているだけ。女性は美里たちに背中を向けたまま、無言でスマートフォンのキーを淡々と打ち込んでいる。

「お待たせしましたー。しかしベイスターズ、強いっすねえ」
カウンターの奥から出てきた若い男がそう言って、佐藤のテーブルにビールのジョッキを置いた。

「ベイスターズが強いんだが、カープが弱いんだか…」
佐藤はテレビを見たまま、半ば自虐的に笑いながら言った。
試合はこれから9回表、ベイスターズの攻撃に入るところ。

「あの…」
テレビを見ていた佐藤に、美里が恐る恐るといった感じで話しかけた。

「佐藤さんは、いつからカープファンなんですか」

佐藤はパチパチ瞬きをしながら、フーっと煙を吐いた。

「僕は広島の人間だから、もう生まれたときからですよ。実家が市内で飲食店やってて、いつもファンの溜り場になっててね」
「そうなんですか」
「で、自分がこっち出てきて店はじめたら、今後はこっちのファンが集まるようになって。ちさとちゃんも何度かお友達連れてきてくれて」

そういえば、佐藤はどこでちさとと知り合ったんだろう。
球場?
美里は少し不思議に思ったものの、敢えて聞かずにおいた。

「そういえば小説、読ませていただきましたよ」
佐藤がビールのジョッキを持ったまま、美里に言った。

「え、本当ですか! ありがとうございます」
「面白かったですよ。視点がやっぱり女性ならではって感じで、新鮮で」
「わー… カープファンの方にそう言っていただけると、すごく嬉しいです」

美里は本当に嬉しそうな顔をして、少し頭を下げた。

「小説じゃあないんだけどさ、うちのお客さんのカープファンで、自主制作で雑誌作ってる人なんかもいてね」
「へえー、すごいですね!」
「広島から出てきて思うけど、こっちのカープファンはすごいよ。熱心というか、献身的というか。ほら、ちさとちゃんなんかもさ、世間でカープ女子とか騒がれるずっと前からひとりで球場通って応援してるし」

へえ、そうなんだ。
「こっちのカープファン」がどうすごいのか、美里にはイマイチピンとこなかった。

「それって、遠距離恋愛みたいなもんなんですかね」
春紀が言った。

「僕の友達にも熱心なカープ女子がいるんですけど、何ていうか、カープと遠距離恋愛してるみたいな感じなんですよね。カープがこっちで試合するときは、ちゃんとスケジュールも空けて、健気に球場通って。たまに自分から広島まで会いに行ったり。距離がある分がんばる的な」

佐藤は少し黙ってから、言った。

「まあ、確かに広島の人間にとってはカープなんて、気付いたら同棲してる彼女みたいなもんかもな」

3人はハハハと笑った後、それからしばらく話を続けた。
カウンターの女性は相変わらず、無言でスマートフォンのキーを打ち続けている。
店内には、3人の話し声と野球中継の音声だけが響いている。

「お、ワンチャンあるぞ!」

佐藤の少し上ずった声で、皆がテレビ画面を見た。

試合はいつの間にか9回裏に入っている。
1点を追うカープは1アウト1、2塁のチャンス。
バッターは天谷宗一郎に代わり、新井貴浩。

「ゲッツーだけはやめろよ! 頼むぞ!」

1ボール2ストライクと追い込まれてからの4球目、新井のバットから放たれた打球はサードへ。
ベイスターズのサード、アーロム・バルディリスが三塁ベースを踏んでから一塁に送球し、ダブルプレーが成立。
画面には「試合終了」の文字と共に「5-6」とスコアが表示され、笑顔でハイタッチするベイスターズナインの姿が映った。

「新井ぃ…」

佐藤はテーブルに肘をつき、両手で頭を抱えてうなだれた。
しばらくしてから顔を上げ、ビールをグビっと飲んでから、店の奥のお手洗いに歩いていった。

「美里」
春紀が美里の名前を呼んで、少しテーブルに身を乗り出して言った。

「今日の話、小説に書きなよ」

(第十三話につづく)

イラスト=モーセル

[カープ小説]鯉心 公式フェイスブック
【第一話】「ちさとちゃん、何でカープ好きなの?」
【第二話】「か、カープ女子…?」
【第三話】「いざ、広島へ出陣!」
【第四話】「生まれてはじめてプロ野球の試合をちゃんと見た記念日」
【第五話】「カープファンは負け試合の多い人生ですから…」
【第六話】「私も小説書きたかったんだよねえ。若いころ」
【第七話】 私たちカープファンにできること
【第八話】「好きとか嫌いとか、にじみ出るものだから」
【第九話】神宮球場で飲むビールは世界一美味しいのかもしれない
【第十話】女が生きにくい世の中で、女として生きてるだけ
【第十一話】ターン・ザ・クロック・バック