女装したオカマの人生を語るなんて、あつかましい——ミッツ・マングローブ初の自叙伝

芸能

公開日:2015/5/31

 女装家、歌手、タレントとして活動するミッツ・マングローブ。日曜朝の『サンデージャポン』(TBS系列)では、物事を俯瞰でとらえてバッサリと切り込むコメントをいつも楽しみにしているし、最近はドラマ『ドS刑事』(日本テレビ系)で“研三郎”っていう古風な名前の解剖医を演じていて、その妙に板についた白衣姿に注目している。

 そんな彼女が初の自叙伝『うらやましい人生』(新潮社)を、40歳の誕生日である4月10日に刊行した。最近はテレビなどでプロモーションをしているのだが、そのときの様子がなんだかおかしい。いつもは強気で饒舌な彼女が、本をおすすめするときに決まって「お手に取ってとは言わないけど、お時間があれば……」と、今にも消え入りそうな声で口ごもっているのだ。ん、なぜだろう? と興味をもった。

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「粋か野暮か」母親の顔色ばかり気にする少年だった

 本書では、裕福な家に生まれた“徳光修平”の幼少時代、歌で生きていこうとしていた青年時代を経て、芸能の世界に入るまでの40年間を振り返っている。

 子どものころは、せいぜい学校や家庭くらいの小さな社会の中で、「普通じゃない」ことが孤立したりする。しかし、“男の裸になぜか興奮する”という事実が、修平を周りから孤立させることはなかった。学校では、他の子どもたちにスキを与えないように「ゆがんだ権力」を振りかざしていたから。他の子どもたちが遊んでいるのを一歩離れて観察しながら、強いグループを味方につけては世渡り上手を“演じて”いたそうだ。

 家庭ではどうだろうか。もともと博報堂のコピーライターの母親は都会的な女性で、修平は母親の顔色ばかり気にする少年だったらしい。教育や躾でいちばん重視されたことは「善い・悪い」や「正しい・正しくない」ではなく「粋か野暮か」。たとえ修平が女っぽい発言をしても、母親が嫌と感じる“女のタイプ”じゃなければOK。こうして、母親を投影した“理想の女性”が女装家ミッツ・マングローブへとつながっていった。

これからは役者としても活躍?“女装”は「人生ごっこ」が好き

 ゲイが集まる街として知られる新宿2丁目を始めて訪れたのは、慶応ボーイとなった大学1年生のとき。「好きなタイプの男の話をしてもいい」という、この街の心地よさに衝撃を受けたという。

 よく間違われるそうだが、ゲイ(同性愛者)と女装は別モノだ。ミッツ・マングローブの場合は「男として、男が好きなゲイ」。そして、誰にでも「好き」や「依存」はあると思うけど、彼女にとってはそれが“女装”だった。

 親の転勤で行ったロンドンでの生活や音楽へのこだわりは、彼女をいよいよ女装へと導き、同じく“女装”のマツコ・デラックスとも引き合わせてくれた。本書では、マツコらとステージに立っていたショー時代のことを振り返りながら、その後に生まれたオネエブームや現在の芸能の在り方についても、独特の視点で鋭く切り込んでいる。

 “女装”はだいたい「人生ごっこ」が好きなのだそうだ。彼女のなかには長年「女性プロテニスプレーヤー」がいて、妄想ではウィンブルドンでも優勝しているらしい。なるほど、『ドS刑事』の解剖医役も、“誰かの人生になりかわる”という「人生ごっこ」の感覚なのかもしれない。もしそうだとしたら、役者としての彼女の姿をもっと見てみたい気がする。たとえば、ちょっと意地悪なセンパイ客席乗務員とか、つい悩み事を打ち明けたくなる保健室の先生とか。

女装したオカマの人生を語るなんて、あつかましい

 ハッとさせられたのは赤裸々に語られる「恋愛」の話や、未来を見据える選択肢があまりにも少ない「結婚」に対するシビアな話。とにかく、読んでいるこちらも足をジタバタしたくなるような話なんである。そして、恋に関連した女たちへの警告も。オカマバーもしくはゲイバーに遊びに行ったことがある女性のみなさんはだいたい身に覚えがあると思うけど、彼女たちが口にする“憎まれ口”は単なる悪ふざけではないようですよ。

 これまでの人生に昇進や結婚といった節目がなかった彼女は、自分の人生に節目を残したいと願って「40歳」をきっかけにこの本を書いた。「強引で、あつかましい行為だ」と自分を戒めながら。

 彼女の40年はしっかりと重い。でも、もし「ここに書かれたことは、すべて冗談よ」と言われたら、全部パフォーマンスだったのかな、と思えるくらい軽やかでもある。裕福な家庭、理解のある両親、イギリスでの生活、立派な学歴……人が望むものをすべて手に入れているようにも見える彼女だけど、じつは手に入れられないものから逃れるための抜け道を選びつづけてきた。けれど、その人生を否定することはない。つい抱きしめたくなるように愛おしい、そんな人生の“言い訳”が、ここにたっぷりと綴られている。

文=麻布たぬ