政治、軍事、アニメの話…世界のあらゆることに物申す! 映画監督・押井守が世相をぶった斬る!!

社会

公開日:2015/6/12

 昔のアニメに『うる星やつら』という作品があった。高橋留美子氏の漫画が原作で、私としては「美少女系ハーレムアニメ」の元祖的な存在だと考えている。そしてこの作品で名前を知ったのが「押井守」という監督だ。

 押井監督を一躍有名にしたのは、この『うる星やつら』の劇場版第2作『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』である。中国の古典「胡蝶の夢」を題材に、作品の世界観を損なうことなく巧みに融合させたストーリーは出色で、今でも名作の呼び声は高い。さらに押井監督は『機動警察パトレイバー』や『攻殻機動隊』などのヒット作を世に出し、監督としての地位を確たるものとした。そんな氏が日々、何を考えて生きているのか──その端緒が伺える書籍が『世界の半分を怒らせる』(押井守/幻冬舎)である。

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 本書は現在も継続中の押井監督のメールマガジンを2年間分まとめたものだ。本人曰く「その時々の時事問題について僕が好き放題に語る」形式で、タイトルからもお分かりの通り、かなり批判的な内容が紙幅を占めている。個人的な好き嫌いは確かにあって、そういう意味での批評も中にはある。しかしその多くは、客観的な考察や明確な判断基準による、非常に理に適った論評を展開している印象を受けた。

 例えば栄えある第1回のお題は「おすぷれい」。言わずと知れた、アメリカ軍の最新鋭輸送機のことである。この安全性が取り沙汰されている機体に関して監督は、しっかりとした理をもってその安全を確信している。それはある意味当然なのだが、安全面に不安のある機体を、アメリカ軍が正式採用するか、ということである。さらにオスプレイ1機が墜ちれば搭乗している海兵隊員も犠牲になるわけで、兵隊の育成にかかるコストの面からも安全性の欠如はありえないと指摘している。この「オスプレイ騒動」は結局、普天間基地問題に絡んでオスプレイを非難しているに過ぎないということだ。

 またTPP問題は本書でもたびたび俎上に上がっており、関心の高さを伺わせる。監督曰く「不合理極まりない水稲耕作文化は、未来永劫に於いてこの国が守るべき価値なのだろうか」ということだ。日本の水稲耕作の歴史は長く「コメ信仰」が厳然と存在することは、戦国時代の武将から自衛隊に至るまで、水田が作戦行動上の地勢的タブーで有り続けていることからも明白だという。しかし現状で、日本人の主食におけるコメの割合が5割を切ったという報道もあり「自分は本当に米食を愛しているのだろうか」と、自問自答してみる必要があると述べている。

 基本的には政治の話が多めなのだが、もちろん映画監督らしい話題も取り上げられている。特に押井監督が「宮さん」と呼ぶ宮崎駿監督は、登場回数が多い。『風立ちぬ』や「引退記者会見」あたりに触れ、殊に引退会見にあたっては「映画監督という仕事は“辞める”ものではなく“辞めさせられる”もの」なのだという。要は作らせてもらえなくなったら終了ということだ。単純に「長編アニメがキツくなったからヤメる」だけで、短編アニメを作るというならそれは個人の自由なのだと。むしろ宮崎監督は短編アニメの天才だから、大歓迎とまで語っていた。

 理路整然とした批評を展開している氏ではあるが、中には冬季オリンピックのスピードスケートを「不格好なウルトラマンがジタバタしている風にしか見えない」などと好き嫌いでぶった切っているケースもあったりする。しかしそれはそれで許せてしまうのが、押井監督のキャラクターなのかもしれない。また本書では、その発言などと共に特定の人物名が登場してくる。前述の「宮さん」こと宮崎駿監督や、兵頭二十八という人がとりわけ多くの場面で取り上げられていた。後者の兵頭二十八氏に関しては「私設応援団か!」と思うぐらい、著書やその引用が紹介されている。ここまで来ると、なんだか不思議と読みたい気分になってしまった。押井監督の術中にまんまとハメられた気がしないでもないが、とりあえず一度は目を通してみようと思う。

文=木谷誠(Office Ti+)