私=読者は「攻」であり「受」であり「神」でもある! 女性がBLにハマるワケが『BL進化論』で分かる

BL

公開日:2015/6/28

刺激的なBL表象に出会った時、BL愛好家は「チン棒」を振り回し、「こころのチンコ」をふるわせる。BL物語で表象された男性キャラクターのペニスと、愛好家女性たちの「ペニス」が、重なりあい、共振しつつ、振り回されるのだ。

 何の説明もなしにスゴい文章から始めてしまい恐縮だが、上記の一文は『BL進化論 ボーイズラブが社会を動かす』(溝口彰子:著、中村明日美子:イラスト/太田出版)からの引用だ。この一文の意味は本稿を読む中でおいおい分かってくるはずなので、まずはこの『BL進化論』がどんな本なのかを紹介しよう。

 本書で分析対象になっているのは、日本のBL作品(主に商業出版のマンガと小説)の概史と、そこで生まれたジャンル特有の定型表現、そしてその定型を打ち破るような近年の作品の進化だ。著者はBLの愛好家・研究者の女性で、自身がレズビアンであることも本書では公言している。

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 筆者はBLの歴史も進化も全く知らない門外漢の男なのだが、読んでみてまず感心したのは、「男同士の恋愛の物語を女性が熱心に作り・読むのはなぜなのか」という“そもそも論”に対して「なるほど!」と思える回答が示されていたことだ。

 その回答とは、ものすごく単純に要約してしまえば、「男同士の恋愛にしたほうが、燃えるような恋も、エロい話も、気兼ねなく書けるし読めるから」ということ。それは本書の言葉を借りると、女性達は「家父長制的社会における女性のジェンダー役割」から自由になるために、物語の担い手を「男同士のカップリングに仮託」している……という言い方になる。

 たとえば男女の恋愛の物語では恥ずかしくて書けないこと、読めないようなことでも、男同士の物語にしてしまえば、女性は「女性である自分」を離れたファンタジーとして堪能できる。そこでは「女性はかくあるべき」という世間の常識からも自由にもなれる……というわけだ。なるほど納得であるし、自分が女性だったらハマってしまいそうな気もしてくる。

 そしてもう一つ感心したのが、読者の女性たちの感情移入のバリエーションが驚くほど豊かだということだ。

 定型的なBLのカップルは、セックスやその他において「攻(挿入する側)」と「受(される側)」に分かれているのが普通なのだそうだが、愛好家の女性は「受」に感情移入するだけでは終わらない。「男になって男を抱く」という現実では不可能な体験を味わえる「攻」にも感情移入するし、男と男の戯れを外から眺める「神」の立場にも感情移入するというのだ。作者の言葉を引用すると、BL愛好家の脳内では、

「攻」「受」そして「神」、すべてが私=読者

 男性キャラたちは女性愛好家にとって「欲望の対象」であり「他者」であるのと同時に、女性愛好家たちの欲望そのものであり、彼女たち自身である。

 という、何だか閉じまくってるような開きまくってるような圧倒的ヘブン状態の宇宙が出来上がっているのである。本原稿の冒頭の一文の意味も、ここまでの説明で何となく分かっていた……だろうか?

 なお1990年代に生まれたこのようなBLの定型と、その堪能の仕方を勉強できただけでもお腹いっぱいなのだが、本書ではその進化形をも紹介している。

 というのも、定型のBLは圧倒的なファンタジーであるがゆえに、現実社会のゲイの人達の生き方とは異なる部分も多かった。著者はその状況に対して反発や論争が起こったことにも触れながら、2000年代前半からは、現実のゲイ男性の生き方や、そこに存在するホモフォビア(同性愛嫌悪)に対しても誠実な想像力を働かせる“進化形BL“が増えてきている……と分析している。

 なお進化形BLにはホモフォビア(同性愛嫌悪)のみならず、異性愛規範やミソジニー(女性嫌悪)を克服するヒントも隠されている……というのが著者の主張であり、本書の主題であるので、その部分はぜひ書籍を手にとって読んでみてほしい。このようにジェンダーや社会規範の観点からBLを読み解く本書は、BL愛好家ではない人が読んでも色んな意味で刺激的なはずだ。

文=古澤誠一郎