狭い、子どもを放置、精神を蝕まれる保育士…「ブラック保育園」が存在する理由

社会

公開日:2015/7/10

「保活」でやっと保育所を見つけ、「これで働きに出られる」とひと息つきたいところだが、そうもいかない場合がある。保育室を覗くと四畳半ほどの狭い柵の中に十数人が寿司詰め状態、ギャン泣きしている子どもは放置、食事が流れ作業のように次々と口に詰め込まれていく。なにかにつけて保育士は「早く、早く」と急かし、ちょっとしたことでひどく叱られる。子どもたちから、表情が消えていく。

 もちろん、こんな例は一部の園に限ったことだが、我が子の園だとすると、親のショックは計り知れない。「どの保育園に入るかで、その子の将来が決まると言っても過言ではない」。これは、『ルポ 保育崩壊』(岩波書店)の著者・小林美希氏が、取材を通して聞いた衝撃的な言葉だ。人生の基礎をつくる大切な最初の5年間。良い保育をしてくれる園に入れたいのは、どの親も同じである。良心的な保育所に当たれば幸運だ。しかし、前述のような園に当たってしまえば、目も当てられない。保育所不足のなかで、一部の園は殿様商売気分なのかもしれない。もしくは、ノウハウが無いためかもしれない。園長や保育士に不安を訴えても一向に改善されない園があるらしい。転園は、待機児童が多いなかで現実的ではない。親にとって、「保育を選ぶ」という選択肢が無いのが現状なのだ。

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 2000年に、保育所の待機児童問題を解消すべく、認可保育所の設置主体制限が撤廃され、株式会社が幼児教育・保育分野に参入できるようになった。それでも保育所は足りてはいないのだが、株式会社運営の園が待機児童問題を緩和しているのは間違いない。待機児童の解消をビジネスチャンスと見た民間企業の思惑は当たり、売上と利益は年々、大幅に増加しているというデータが示されている。保育所の設立ラッシュは加速するばかりだ。

 しかし、本書は、株式会社の参入が「保育の質」の低下を招いているという。問題は、運営姿勢だ。民間の認可保育所の経営は主に補助金で賄われるが、賃金の原資である保育所運営費が十分でなく、そもそも、運営費に見積もられている人件費が低く抑えられていることは以前から問題視されてきた。それにもかかわらず、利益を求める株式会社が次々と参入し、利益を上げているという事実。これがどういうことなのか、容易に推測できる。本書では、夢を持って保育の世界に飛び込んだ新人保育士が、慢性的な人員不足、長時間・低賃金労働、重い責任感、マタハラなどのハラスメント、徹底的な効率主義による仕事のやり甲斐の消失などでドロップアウトする悲惨な事例がいくつも記されている。人が居着かないので、経験が豊富なベテランは当然不在で、保育所内で保育ノウハウは成熟せず、保育の質の低下が止まらない。ブラック企業化した「ブラック保育園」が、保育士たちの精神を蝕んでいる。保育士たちは、「辞めるか慣れるか」の選択を迫られ、後者を選んだ保育士だけが残り、“効率が良い保育”は続けられていく。

 このような状況に待ったをかけるべきなのは行政である。しかし、民間保育所の拡大は、「保育の質」という観点にさえ目をつぶれば、行政にとっても歓迎すべきことなのである。さらに進んでいくと見られる少子化社会で、今、保育所を増設すれば、ゆくゆくは“保育所・保育士あまり”の時代がやってくるという考えがある。民間委託は渡りに船、というわけだ。一部の良心的な自治体は、株式会社が経営する保育所の保育サービスの質に懸念を示し、参入を事実上妨げるような動きが見られたが、これに対して公正取引委員会は「法人形態によって保育の質に差は出ない」と、自治体側に改善を要求したという実例がある。

 保育所不足と同時に保育士不足ともいわれるが、じつは、免許を持ちながら実際には保育士として働いていない「潜在保育士」は60万人以上にも上るといわれる。今一度、「チルドレン・ファースト」の視点から保育のあり方を見直し、保育士が働きやすく、潜在保育士が戻ってくるように、処遇改善が望まれる。ひいては、子どもと親の幸せにもつながるはずだ。

文=ルートつつみ