女性目線の官能とは?「略奪愛」をテーマにした恋愛官能アンソロジー

文芸・カルチャー

更新日:2017/11/19

この数年で女性の書き手による、女性のための官能小説が、飛躍的に増えたのはご存じだろうか? リアルで共感できるストーリー展開に加えて、女性ならではの繊細な感情が丁寧に描かれている作品が、多く見られるようになった。装丁もおしゃれで、書店でも手に取りやすい。

今回は、女性向け官能小説初心者の方や、「もうすでに大好きです!」という読者、両方におススメしたい『きみのために棘を生やすの』(窪 美澄、彩瀬まる、花房観音、宮木あや子、千早 茜/河出書房新社)という恋愛官能短編集をご紹介したい。5人の女性作家が、「略奪愛」をテーマに書き下ろしたアンソロジーである。

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女性の目線で官能はどのように表現され、いかに楽しむことができるのだろうか。

本書は、作家陣5人のうち3人(窪、彩瀬、宮木)が、日本の女性向け官能小説の盛り上がりの先陣を切ったとも言える新潮社の「女による女のためのR-18文学賞」の受賞者である。その中でも、窪 美澄による「朧月夜のスーヴェニア」は戦時中の命懸けの恋が描かれており、群を抜いて印象的だった。

この物語の主人公は、家族から認知症を疑われている老婦人「真智子」である。自分の介護を乱暴にする孫娘に対して、若い頃、身を引き裂かれるような、情熱的な恋を経験した自分の方が「女としては勝っている」と密かに思い、戦時中の恋を回想する……というストーリーだ。

真知子には若い頃、親同士が決めた許婚がいた。しかし、彼は真智子を残して戦争に行ってしまい、その間に、真智子は自分を爆撃から守ってくれた医学生の男性に恋をする。

連日のように空襲警報が鳴り響き、いつ命を落とすかわからない状態であっても、人は誰かと繋がることを求め、愛さずにはいられない様子が、とても切なく描かれている。戦時中の身を焦がすような恋の思い出が、戦争が終わった後、真智子の一生を支えることになるのだが、誰にだって人には言えない恋の秘密があることを、痛感させられた。

2010年『花祀り』で第1回団鬼六賞大賞を受賞しデビュー、京都を舞台にした官能小説を多く描く花房観音の「それからのこと」も、女性独特のドロドロとした性が描かれており、心を揺さぶられる。

「それからのこと」は、夏目漱石の『それから』をモチーフにした作品。「三千子」(『それから』では名前は「三千代」である)の目線で描かれている。

「心も身体も女として貪り求めてくれる男」を求め、男の気を惹くためなら、何の罪悪感もなしに涙を流し、嘘をつき、演技をして2人の男性を振り回す三千子に、生々しい女の身勝手さを感じる物語だった。しかしながら読後、恐らく女性なら、男性から「求められたい」と思い、大なり小なり三千子のような振る舞いをした覚えは、誰にだってあるはずだ……ということに気がつき、女の生まれ持った性に恐ろしくなってしまった。

本書は他にも、同棲する彼氏に世話を押しつけられた「文鳥」に嫉妬する女性が登場したり、芸能界で「衣装さん」と呼ばれる仕事をする女性が、将来人気俳優になりそうな子役と関係を持ったりと、女性ならではの比喩を用いた表現で、実に様々な形で描かれる「略奪愛」を楽しめる。

女性のしたたかさや、本能がむきだしになる瞬間が、繊細ながらも迫力をもって描かれている。「奪い、奪われたい」女の本能をのぞいてみたい男性や、今一度言葉にできない激しい愛の感情に向き合ってみたい女性の方に、ぜひ読んでみてほしい一冊だ。

文=さゆ