映画『バケモノの子』公開中! チャレンジを続けるスタジオ地図の仕事と監督・細田守の世界

映画

更新日:2015/8/1

 現在公開中の映画『バケモノの子』が大ヒットを飛ばしている。公開から10日で観客動員数140万人を突破し、ライターである私も公開日初週に映画館に足を運んだ。人間の世界とは異なるバケモノの世界「渋天街」に迷い込んだひとりぼっちの少年・九太が、暴れん坊のバケモノ・熊徹に弟子入りし、親子のような師弟関係を築きながら、自分自身の心の弱さと向き合い成長していく姿が胸を熱くさせる冒険活劇だった。

 監督の細田守はこれまでに『時をかける少女(06年)』、『サマーウォーズ(09年)』、『おおかみこどもの雨と雪(12年)』と3作品を立て続けに大ヒットに導いてきた。いま世界で最も注目されているアニメーション映画監督のひとりだ。しかし細田守とはいったいどんな人物なのかまだ知らない人も多いだろう。映画の公開に合わせて出版された『細田守とスタジオ地図の仕事』(スタジオ地図:監修、日経エンタテインメント!:編/日経BP社)と、『細田守の世界 希望と奇跡を生むアニメーション』(氷川竜介/祥伝社)には、「スタジオ地図」の仕事ぶりや細田守監督の映画にかける思いが綴られている。

細田守監督誕生、そして「スタジオ地図」へ

 細田守が映画監督としてデビューしたのは、東映アニメフェアで公開された短編映画『デジモンアドベンチャー(99年)』だ。それからいくつかの映画制作に携わった後、東映アニメーションを退職してフリーとなると『時をかける少女』、『サマーウォーズ』を手がけ、『おおかみこどもの雨と雪』のときに現在のアニメ制作会社「スタジオ地図」を立ち上げる。細田守監督と「スタジオ地図」を語る上で欠かせないもうひとりの人物が齋藤優一郎プロデューサーだ。「スタジオ地図」は細田守と齋藤優一郎が二人三脚で始めたスタジオだ。その名前には「まだ誰もチャレンジしていないアニメーション映画の未知のフロンティアに地図を描いていこう」という2人の思いが込められている。

 「スタジオ地図」の合同出資者である日本テレビの奥田誠治ゼネラルプロデューサーは、「スタジオ地図」の魅力は”人”だと語る。理由のひとつには細田守がいまの日本においてスタジオジブリのようにオリジナル作品で実績を出せる数少ない監督であること。そして2つ目は映画1本ごとに各分野から最高のクリエイターを集め、映画が完成したら解散する制作方式にある。毎回、細田守と優秀なプロデューサーたちが企画会議を繰り返して作品を磨き上げていく。会社や業界の垣根を超えて集まったドリームチームだからこそ、新しいものが生まれてくるのだという。

家族の問題は全世界の人間が共感できる普遍のテーマ

 細田守は作品作りについて常に公共性と普遍性を意識している。1本の映画を作るのには多くのスタッフの時間や労力に加えて予算もかかる。そのため映画は監督ひとりのためではなく、多くの人のためになるような公共性があり、共感してもらえる作品でなければならないというのが彼の信念だ。『時をかける少女』以後、海外の映画祭で各国の監督と交流を重ねるにつれ、彼らが自分の国の事情を映画に反映させていると思うようになった。そこから日本ではどうなのか、自分の身近なところにグローバルな題材があるのではないかと考え始め、家族の問題というのは海外の人々にも共通していて、誰もが興味を惹かれる題材だと気づいたという。

 細田と共に仕事をしてきたプロデューサーの一人、渡邊隆史は、これまでの映画は監督自身のヒストリーから着想を得ているとインタビューで答えている。細田守は『時をかける少女』の公開後に結婚している。それまでより親戚との関係が増える体験をしたことが次の『サマーウォーズ』に影響している。その前後で、母親と祖母を亡くす不幸があり、自分を育ててくれた母親への感謝や敬意が『おおかみこどもの雨と雪』に込められている。そして喜ばしいことに自身に子供が生まれ、親子について考える機会を得た。それが今作『バケモノの子』に活かされているという。『バケモノの子』の制作秘話には我が子の成長を願う親心があったのだ。

『バケモノの子』で魅せる新しいチャレンジ

 アニメーション研究家の氷川竜介によると、『バケモノの子』のテーマである「擬似家族」こそが最大のチャレンジであるという。それまでの3作品にあった「恋愛」「結婚・親戚」「親子」という関係性を一気に飛び越えて「何もないところから始まる絆」を作品の主幹に置いた。しかし現代の日本を考えたとき、少子化や晩婚化、独身者や独居老人の増加が社会問題になっている。社会や他者とのつながりが希薄になっている今だからこそ、縁や人情を大事にして血縁のない関係を肯定的に捉えた「擬似家族」というテーマが細田守の目指す公共性に繋がると感じたという。

 確かに「擬似家族」によって救われたのは九太なのか、それとも熊徹だったのか。本当に成長したのはどちらなのか。映画を観た人がどちらに共感を覚えるかは気になるところだ。そうした判断を観た人に預けた点もチャレンジといえるだろう。映画を観終えて判断に悩んだときには、今回紹介した2冊を参考にして欲しい。

 細田守の作品は、いつも夏休みにあわせて公開される。それは夏休みに入った子供たちとその親たちに家族で見て欲しいから。夏休みは学校では味わえない特別な体験に出会い成長する時期だ。そして夏は私たちの暮らすこの世とバケモノたちの棲むあの世が最も近づく季節でもある。まさしく『バケモノの子』は究極の「夏休み映画」だ。

文=愛咲優詩