ありふれた、けれど永遠に解けない 恋愛は究極の日常ミステリーです 岡崎琢磨インタビュー

新刊著者インタビュー

公開日:2015/8/6

 緑のなかをぐんぐん歩く。井の頭公園、代々木公園……歩調に合わせ、少しずつ変わっていく景色を眺めながらの思索の時間を、岡崎さんはとても大切にしているという。
「少し前に故郷の福岡から東京へと移り住んできたばかりなので、新たに目にする風景がいっぱい。好みの店が並ぶ下北沢のような街も好きだけど、やっぱり公園に行くことが多いですね。ネタに詰まると散歩ばっかり(笑)。歩いて、考えて、浮かんだものを持ちかえって」

岡崎琢磨

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おかざき・たくま●1986年、福岡県生まれ。京都大学法学部卒。2012年、第10回「このミステリーがすごい!」大賞隠し玉として、『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』で作家デビュー。現在4巻まで刊行されている、繊細な心理描写が評判の同シリーズは159万部突破の人気作となった。
 

 岡崎さんが学生時代を過ごした京都の街をそぞろ歩くような心地になる『珈琲店タレーランの事件簿』は、デビュー作にして、シリーズ累計159万部を突破した。謎解きの好きな女性バリスタ・美星が鮮やかに解く“日常の謎”は、多くの読者を夢中にさせ続けている。

「でも小説を書き始めた頃は、『タレーラン』とはかけ離れた、人が死ぬミステリーを多く書いていたんです。プロになることしか考えていなかったので、いろんな作風を試しながら。そのなかで僕の思い出から、ひとつの短編が生まれてきまして。今までとは違う作風のそれを連作にし、第31回横溝正史ミステリ大賞に応募したんです」

 最終選考まで駒を進めたその小説こそが、初の単行本作品となる『季節はうつる、メリーゴーランドのように』の原型。そして“岡崎・日常ミステリー”の出発点だった。

「“日常の謎”に取り組んだ作品はこれが初めてでした。書きあがった瞬間、実感したのは、“自分に向いているのはこういう路線なんだ”という手応え。この後すぐに執筆を始め、作家デビューの礎となった『タレーラン』は、この作品があったからこそ書けたもの。そういう意味で、僕の原点のような小説ですね」

 想いを秘めたまま高校を卒業してから、すっかり疎遠になってしまっていた冬子と、夏樹が連絡を取るようになったのは5年来のこと。物語は、空白の年月が嘘のように消え、“親友”というかつての関係性を取り戻した2人が、冬の神戸で待ち合わせする場面から始まる。

「今回、刊行するにあたり、全面的な見直しをしました。トリックの多くや結末は応募原稿時から変えていないのですが、文章をひとつひとつ丁寧に書きなおし、次々と出てきたアイデアを入れ込んで。そのなかで“なんでこれ、最初から使わなかったんだろ?”と思うほどしっくりきたのが、本作のキーワードとなる“キセツ”というフレーズでした」

“キセツ、しないとね”─奇妙な出来事に説明をつける。それが高校時代の夏樹と冬子、共通の趣味だった。2人が仲良くなったのも、入学式の朝、突然短くなっていた冬子の制服のスカート丈の謎を夏樹が“キセツ”したことから。久々に会った神戸でも、撮影スポットとしてしつらえてあるツリーを、わざわざ避けての構図で記念撮影を頼んでくるカップルの“キセツ”をさっそく始める─連作で綴られるストーリーは、高校時代と大人になった今を行き交いながら、四つの季節を巡っていく。きらきらとした“日常の謎”と、切ない片思いを弾けさせながら。
 

微妙な関係性の出所は自身のなかの恋愛観

「ミステリーはミステリーでしかない、というか。単体で成立させるものではなく、何かドラマがあって、それを表現するためにミステリーが存在すると僕は思っているんです」

 本作でミステリーと両輪を為す、その“ドラマ”とは恋愛。

「デビュー以前から、いろんな小説を書いてきているのですが、なぜか恋愛をテーマに書いてしまうんですよね。それはきっと思い入れがあるからなのかもしれません。やっぱり憧れなのかなぁ。僕は美しい恋愛に憧れている気がする(笑)。でもそれをあまり信じていないというか、手に入るものではないと思っている節もどこかにあって。過度に期待せず、シビアな面も書けるというのは、憧れと残念な気持ちの両方が僕自身のなかにあるからなのだと思います」

 恋心を封印したうえでしか成り立たない微妙な関係性。それが大学を卒業し、社会人となった今も続く、夏樹と冬子の関係だ。高校時代から自身の恋愛相談をことあるごとに“親友”夏樹に持ちかけていた冬子。そして今も……天真爛漫にふるまう冬子に、夏樹は自分の気持ちを密かに“キセツ”に込めることしかできない。けれど、その真意を彼女はわかっているのか……切ない気持ちが巡っていく。そしてその気持ちはどこか恋愛に対する岡崎さんのそれに通じている。

「そうですね。夏樹はかなり自分の心情に近いキャラクターだと思います。実際、自身の当時に合わせて書いているので、等身大のキャラと言えるかもしれません」

 恋に発展するかどうかの微妙な関係性は『タレーラン』の美星とアオヤマにも重なる。だが2人に比べ、夏樹と冬子はふわんとした、どこか掴みどころのない印象をもたらす。

「『タレーラン』はある意味、キャラクターであることを読む方に意識していただくような書き方をしているのですが、本作は限りなく実在の人物に近づけたかったんです。登場人物として突飛にならないように、本当にいそうな人に」

 その人物造形が読み手の感情を波立たせる。夏に生まれた冬子がなぜその名を付けられたのか、学会で広島に出掛けた恋人からなぜ福岡・能古島のコスモスの画像が冬子の許へ送られてきたのか……いくつもの謎を解いていく夏樹は見事な探偵役。ミステリーの主人公として欠かせない資質を持つ。だが恋愛に関して、その資質は……。ここに“恋愛ミステリー”としての、本作の大きな仕掛けがある。

「夏樹自身も、そういう自分に気付いていなくて。ラストで自身が持つ真実を知ってしまったことは、かなり残酷なことだったと思っています」

 それは、なかなか恋愛に踏みこんでいけないと感じている読者の胸にも、どこか痛みある気付きを与えていく。そして天衣無縫なロマンチックさが仇となり、いつもうまく“キセツ”ができなかった冬子が語り出す最大の“キセツ”─2人が過ごしてきた季節に張り巡らされていた伏線が一気に集約していくラストで明らかになることとは……? まさに恋愛は永遠のミステリーなのだ。

「恋愛を動かすのは人の心ですからね、如何ともしがたい解けない謎です。作中でも出てきますけど、どんな方法を使えば相手の心を動かせるかというのは、本当に答えのない謎。恋愛はありふれた、でも絶対に解けないミステリーだと思います」