愛猫と”さいごの日”まで幸せに暮らすということ

文芸・カルチャー

公開日:2015/8/8

 小学4年生の娘が、泣きそうな顔で帰宅した。クラスメイトの飼い猫が死んだと言う。
「うちのクロは大丈夫だよね?」
 私は答えあぐねた。私たち夫婦が結婚してすぐに飼い始めたクロは、娘よりも年上で、立派な老猫だ。ここ最近は元気もなく、白髪も目立つ。お気に入りの出窓にも飛び乗らない。猫の平均寿命が15歳程度だとすれば、クロとの別れは遠からずやってくる。
 しかし、初めて猫を飼った私たちは、まだ「猫の死」を経験したことがない。そろそろ、きちんと考えるべき時期なのではないか。3人で出かけた書店のペット本コーナーで、手に取ったのが、『猫とさいごの日まで幸せに暮らす本』(加藤由子:著、小泉さよ:絵/大泉書店)だった。

 帰宅後、ページをめくった。そこには、私が今まさに知りたかったこと――「飼い主」として目を逸らしてはいけない現実が、優しい言葉で、けれど毅然と記されていた。
 25年ほど前、愛猫を行方不明のまま失った加藤氏は、突然の別れに後悔を残し、「最期を看取る幸せ」を意識するようになったという。

 人はペットに刹那の可愛らしさをついつい求めてしまうが、本来「猫を飼うことは猫の一生を見届けること」だと加藤氏は言う。「猫が生物的に可能な限りの寿命まで生きられるようになったといえる今、やっと完璧な猫飼育ができるようになった」。だからこそ、成長を楽しみ、共生を喜び、老いを認め慈しみ、最期を看取り、送り出す――その終わり方が大切なのだと。

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 愛する者との別れはつらいが、否定すべきは「理不尽な死」「残された者に悔いの残る最期」のみだ。「生をまっとうして死んでいくことは悲しむべきことでは決してなく、むしろ美しいことだと信じています」という加藤氏の言葉に、思わず頷いていた。

 読み進めると、我が家のクロの「今」も見えてきた。13歳のクロは人間で言えば68歳相当。もうおじいちゃんだ。動きは緩くなり、高い所に飛び乗る回数も減った。ごはん食べたいアピールも以前ほど激しくない。でも、老いても猫の気持ちは仔猫の頃と変わらないらしい。であれば、猫の気持ちを察し、長年の暮らしで積み上げた「あうんの呼吸」で、ごはんをあげたり、遊んだり、添い寝したりしよう。高い所に登るための台も必要だな、シニア用フードへの切り替えもしなくちゃな。年齢とともに、猫と人間の関係も変わって行くべきなのだと、今さら気付かされる。

 老猫の世話の仕方、環境づくり、健康チェックなどを、我が家の場合と照らし合わせながら読むうちに、改善すべき点がたくさんあることがわかった。
 そして、猫の飼い主なら誰でも気になる「老猫の医療」の話へと踏み込んでいく。
 緩やかに老いて、静かな死を迎えられる猫ばかりではない。愛猫が重い病気を患った時には、高額な医療費の問題や、延命措置や安楽死といった重い選択に直面しなくてはならなくなる。だが、金銭的な余裕がないことは決して恥ずかしいことではないと、加藤氏は断言する。治療法がある限りやらなくてはならないということではない。それぞれの家庭にあった“最期の迎えさせ方”がある。

 治療の続行、安楽死、自宅療養といったことどう決めるのか、家族内でも「若い人には若い人なりの死生観が、高齢者には高齢者なりの死生観」があり、正解などない。大切なのは“苦渋の決断”ではなく、“考えた末の最善と信じる決断”であることだという言葉に、飼い主としての覚悟を問われたようで背筋が伸びた。

 動物行動学を学び、猫についての本を多数著し、現在も2匹の猫を飼っているベテラン飼い主の加藤氏ならではの目線、経験、愛情に満ちたアドバイスは、具体的で的確だ。飼い主の心構えだけではなく、自宅でケアするときの投薬方法や、世話の仕方、埋葬のこともイラスト付きで解説してあるので、その時が来たらやってみようと付箋を貼った。

 最後のページを読み終えて思った。人間は勝手だなと。猫を飼うのは人間の都合でしかなく、命を囲っておきながら死は嫌だと嘆く。物を言わぬ猫が幸せだったかどうかは、人間の主観でしかない。でも、だからこそ「ともに暮らす幸せは“最期を看取る幸せ”で完結する」という加藤氏の言葉が心にくる。
 勝手に連れてきたけど、ずっと一緒にいてくれてありがとう。私と私の家族をこんなに幸せにしてくれてありがとう。いつか、遠からず、君の命の灯が消える日はやってくる。そのときまで、一日一日を大切に積みあげていこう。
 娘に、本を読んで感じたことを、ひとつずつ話した。「最期を看取る」ということは、まだよくわからないようでもあり、考えたくないようでもあった。
 ただ、猫が老いること、命に限りがあることは分かってくれたようだ。そんな娘と、最後の日まで幸せに暮らせるよう、クロの気持ちになって考えようねと、約束をした。
 押入れから引っ張り出してきた木箱を壁際に置いた。クロが木箱をステップにして、お気に入りの出窓に乗った。心なしか、背中は嬉しそうだった。

文=水陶マコト